| 【京都の神田神宮】
平安時代初めの天慶2年(939年)、関東で朝廷に反旗を翻して都を震撼させた平将門。その将門のゆかりの祠が、四条烏丸の繁華街のすみにひっそりと残されている。
にぎやかな四条通りから20メートルほど細い路地を入ったところに小さな祠がある。神田神宮。格子窓の横には「天慶年間平将門ノ首ヲ晒シタル所也」と書かれてある。伝説ではクーデター未遂で討ち取られた将門の首が都へ運ばれ、ここでさらされていたという。
ところが、ある日、朝廷への復讐を期して東京・大手町へ飛んでいったということになっている。のちに、ここに祠が建てられ、その霊を供養するようになった。
近くで永く染色の仕事をしている杉浦健之祐さんは「いまでも、将門ゆかりの人が毎月お参りに来ているようです」と話していた。
一方、その大手町には将門の首塚が現在もあり、世界を情報が一瞬にして飛び交うIT社会の今日でも、その祟りが恐れられている。かつてはそのあたりにあった神田明神が将門を合祀してその霊を慰め、毎年9月には将門塚例祭が行われている。
《所在地》
京都市下京区四条通西洞院東入ル新釜座町
(最寄り駅は阪急電車・烏丸下車徒歩車10分)
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