【26聖人ゆかりの地】
「妙満寺跡 二十六聖人発祥之地」。四条通堀川の一筋西、岩上通りをすこし入ったところにこの石碑が建っている。豊臣秀吉のころ、このあたりは「だいうす町」と呼ばれ、200人あまりのキリシタンが住んでいたという。
天正15年(1587年)に豊臣秀吉はキリスト教禁止令を出していたが、入洛したフランシスコ会の神父に妙満寺跡の土地を与えて聖堂や西洋式の病院などを建てさせた。この施設を中心にキリシタンが集まり「ロス・エンジェルス」(諸天使の元后の町)と自らよんでいた町ができあがった。
ところが、1596年(慶長元年)、秀吉は突然キリシタンの捕縛を命令した。年末から翌年にかけてフランシスコ会のバプチスタ神父はじめ12人が捕まったという。大阪で捕まったものを含めて長崎への殉教の旅がここから始まった。途中の岡山や広島でも加わって総勢26人。1597年(慶長2年)12月、長崎・西坂の丘でこの26人が処刑された。
厳しいキリシタン弾圧の歴史の始まりだが、この石碑の近くにある資料館のフランシスコの家にはキリシタン灯篭が残っている。これはマリア灯篭ともいわれ、下のほうにはマリア像が彫られており、日常は土の中に埋められているのを、礼拝するときだけ掘り出したという。ほかにも踏み絵や光をあてるとキリスト像が浮かぶ「魔鏡」(復元)、隠れキリシタン捜索の高札など、いろいろな資料がそろっている。
《所在地》
京都市下京区佐竹町388
(市バス・四条堀川下車徒歩5分)
(阪急電車・烏丸下車徒歩10分)
|