【龍安寺】
石庭で有名なこのお寺の茶室横に、寺伝によると水戸光圀から贈られたといわれる蹲居がある。「口」という形の水受けの中には、紅葉が浮かんでいた。この「口」を囲むように上下左右に字が書かれており、それと「口」を合わせて読むと、上から時計まわりで「吾唯足知」となる。禅の格言を図案化したこの蹲居、黄門さまのお供でよく知られる「助さん、格さん」のうち、助さんこと佐々介三郎が持ってきたという。
事務長の岩田晃治さんによると、光圀が大日本史を編纂するにあたって、全国からいろいろな資料を集めたが、助さんはその収集係り。助さんの大規模な資料収集は6度行われており、京都には延宝6年(1678年)同9年(1681年)、元禄5年(1692年)の3度訪れている。元妙心寺の僧だった助さんが、このとき縁の深い龍安寺を訪れたようだ。ただ、水戸側の資料にはお礼に魚やお茶、和紙、ろうそくなどを贈ったことは見えるが、「蹲居」を贈った記録はまったくない。そこで、岩田さんは「寺伝では光圀公からの寄贈となっていますが、助さんが誰かに造らせて、“光圀公からです”として届けたのではないかと思っています」という。一般公開用には複製の蹲居があり、本物は非公開。
また、龍安寺の石庭は幅25メートル、奥行き16メートルで、南側にこじんまりと開けているが、ここにはダビンチにも負けないしかけがある。庭を囲む土塀は北から南に行くにしたがって30センチほど低くなっており、東から西へも同じで桧皮葺の庇の幅も狭くなっていく。遠近法を採用して南西角へ向けた奥行きを感じさせるようになっている。
《所在地》
京都市右京区龍安寺御陵下町13
(京福電鉄北野線・竜安寺道下車徒歩15分)
(市バス・竜安寺前下車すぐ) |