【小督(こごう)の墓】【琴きき橋】
12世紀、平清盛が権勢を誇っていた時代、琴の名手で美人の誉のたかかった高倉天皇の女房、小督の悲恋の物語が始まった。
その小督をしのぶ場所が、観光客でたえずにぎわう嵯峨・嵐山の渡月橋近くにある。ひとつは、渡月橋のたもと東側の「琴き丶橋跡」の石碑、もうひとつは、そこから桂川を西へ約10メートルほどいったところの小督の墓。いずれも、観光開発が進むこの地域で、かつての面影はしだいに失われつつあるが、なんとかその跡をとどめている。
平家物語「巻第六」。小督には藤原隆房という恋人があったが、高倉天皇の女房として宮仕えを始めると、天皇の寵愛を受けるようになった。ところが、これに怒ったのは平清盛。高倉天皇の中宮徳子(のちの建礼門院、壇ノ浦へ沈んだ安徳天皇を生む)と小督の恋人、藤原隆房の妻はいずれも清盛の娘。「小督があらんかぎりは世中よかるまじ」。
その怒りに恐れをなした小督は身を隠す。そこが現在、墓の残っているあたりだったという。そして高倉天皇の命令で小督捜索に出た源仲国は、人の噂を聞きつけてこのあたりを探した。かつて仲国は宮中で、小督の琴に笛で合奏していただけに、その琴の音はすぐに聞き分けられる。ついに小督の琴の音を聞いて、隠れ家を発見したが、その琴の音を聞いた場所が「琴き丶橋」だったという。
一度はこっそり高倉天皇のところへ連れ戻された小督も、また清盛に見つかってしまい、今度は尼にされて、この嵯峨の地で亡くなったという。にぎやかな嵐山界隈ではとても想像できないが、石碑ときれいに建て直された墓はいまも静かに悲恋を物語っている。
《所在地》
小督の墓 京都市右京区嵯峨天龍寺町芒ノ馬場町
(市バス・渡月橋下車徒歩3分)
(京福電鉄・嵐山下車徒歩5分)
琴き丶橋跡の石碑
京都市右京区嵯峨天龍寺町造路町
(市バス・渡月橋下車すぐ)
(京福電鉄・嵐山下車徒歩3分)
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