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■京都 千年の誘い

つわものどもが夢の跡…わずかに残る旧二条城の石垣

【旧二条城の石垣】

 京都へやってくる修学旅行生が必ずといってよいほど訪れる二条城。平成6年(1994年)には「古都京都の文化財」のひとつとして世界遺産にも登録された。

 しかし、ここで紹介する石垣はこの二条城のものではない。現在の二条城は徳川家康によって慶長8年(1603年)に造られたが、これはそれ以前、織田信長が建てた旧二条城のもの。

 斜陽の室町幕府15代将軍の足利義昭のために、織田信長は永禄12年(1569年)2月から常時1万5000人から2万5000人を動員し、わずか70日ほどで旧二条城を完成させた。その背景には自らの力を戦国の世に誇示する狙いもあったのだろう。ただ、短期間の築城にはかなりの無理もあり、石垣などには近くにあった石仏や墓石なども利用したといわれる。その後、天正元年(1573年)、義昭が「反信長」の挙兵をして敗れ室町幕府が滅亡、同時にこの二条城も崩壊した。

 崩壊後も跡地には信長が宿所を建てたあと、皇室に献上したりしたが、天正10年(1582年)の本能寺の変のさい、明智光秀に攻められて完全に焼け落ちてしまった。旧二条城のあった場所は現在の二条城より東の上京区下立売通室町、京都御苑の南西に隣接したあたりで約400メートル四方だったといわれている。昭和50年(1975年)からの地下鉄工事に先立つ発掘調査で旧二条城の石垣や堀の跡が見つかった。

 現在、この石垣は二条城と京都御苑に移されて残っている。二条城では北西隅にわずかに石が積まれているところがあった。観光客はここまでほとんどこないのであまり知られていないが、石をよく見ると突起があったり、掘り込みがあったりして、石仏など何かほかのものからの転用と推測できるものもある。京都御苑も南西の隅にあるが、よく見ないと何かわかりにくい。植え込みを隔てたすぐ西は交通の激しい烏丸通り。そしてその向こうは、旧二条城が建っていたところで、往時をしのぶよすがが、この石垣である。

《所在地》

二条城北西隅 京都市中京区二条通堀川西入ル
(地下鉄東西線、市バス・ 二条城前下車すぐ、石垣までは城内を徒歩約5分)
京都御苑南西隅 京都市上京区京都御苑
(地下鉄・丸太町下車すぐ)

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