禁門の変(蛤御門の変)で完敗した長州には、御所へ鉄砲を打ち込んだとして孝明天皇の長州征伐の勅命が出た。元治元年(1864年)の変の終了直後、7月23日。西郷隆盛も参謀として約15万の征伐軍に加わった。これに対し長州は責任者の3家老に切腹を命じるなど、恭順の姿勢を示して全面降伏。結局、戦火を交えないまま征伐軍は12月に引き上げた。第一次長州征伐といわれるものだった。
いっきに倒幕への勢いがしぼみ、保守化した長州藩の姿勢。業を煮やしたのが高杉晋作である。慶応元年(1865年)、馬関(下関)で立ち上がりクーデターを決行し、保守派を一掃してしまった。さらに西洋式民兵の「奇兵隊」を設立する一方、藩兵の近代化にも取り組み、大村益次郎(村田蔵六)を起用して軍の改革を行った。
このため幕府はすぐに第二次の長州征伐を決定し、翌年の慶応2年6月には出兵した。この間、薩摩藩に再び出兵を要請したが、今回の薩摩藩は容易に動こうとはしない。結局、作戦は失敗して8月には停戦。薩摩が動かなかった理由は、坂本竜馬らによる薩長同盟の工作だった。
幕末の主役のひとり、坂本竜馬。この人がいなかったら、明治維新は大きく変わっていたかもしれない。脱藩後、江戸で勝海舟に会うなどさまざまな人との交わりのなかから、その尊皇攘夷の考え方にも変化が現れ始めた。この時期、他の志士たちとは違って「日本」という大きな視点で時勢をとらえていたといわれる。
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酢屋 |
長崎で設立した亀山社中(海援隊)を通じて武器を調達し、長州藩の軍備の近代化に尽力したのも竜馬だった。河原町通三条の材木商「酢屋」を寓居としていた竜馬はここを亀山社中(海援隊)の屯所としても使っていたという。現在はその跡を示す石碑が酢屋の前に建っており、竜馬がピストルの試し撃ちをしたといわれる出窓も残っている。
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中岡慎太郎寓居の地の石碑 |
また、この頃、同じ土佐脱藩の志士で長州に身を寄せていた中岡慎太郎も「薩長同盟」の必要性を感じて奔走していたところで、さっそく竜馬と連絡をとって薩長の連合による倒幕計画へ踏み出している。中岡は脱藩の罪が許され(坂本竜馬も同時に許された)、「陸援隊」を組織。東大路通今出川、知恩寺の東にあった土佐藩の屋敷にその屯所を置いた。現在は京都大学の農学部になっている。中岡の屋敷は河原町通四条上ルにあったが、いまは石碑が残っている。
幕末の動向をいっきに決めることになる薩長同盟はこのような状況の中で坂本竜馬や中岡慎太郎らの斡旋で進められた。しかし、禁門の変で敵味方に分かれて激しく戦った薩長の溝はそう簡単に埋まるものではない。坂本、中岡の斡旋でセットされた慶応元年春の下関での会談は、薩摩の西郷隆盛がすっぽかして失敗した。それでも2人はあきらめずに走り回り、幕府軍が長州へ向けて出発寸前の慶応2年(1866年)1月、将軍の徳川家茂が大阪城に待機する中の京都・薩摩屋敷へ西郷隆盛、木戸孝允、坂本竜馬が入った。しかし、ここでもなかなか溝が埋まらずお互いが面子にこだわった。結局、薩摩藩邸などを舞台にした倒幕へ向けた秘密同盟は、坂本竜馬の粘り強い努力で決着。6か条からなる「薩長同盟」が結ばれた。内容は第二次長州征伐が起こったとき、薩摩藩は中立を装いながら京都に兵を集め幕府に圧力を加える(第一条)など、内々長州藩を支援していくというもの。この話し合いのさい竜馬は大阪・天満の八軒家から舟で伏見の寺田屋に入っており、当然、不審な動きを察した新撰組の警戒もかなり厳しかったという。
【酢屋】中京区大国町(京阪三条、地下鉄市役所前徒歩5分、阪急河原町徒歩
10分)
【中岡慎太郎邸跡】中京区河原町通四条上ル東側米屋町(阪急河原町徒歩3分)
【土佐藩邸=陸援隊屯所(碑などは残っていない)】左京区北白川追分町(市バス京大農学部前)
<余談>
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新京極たらたら坂 |
新京極通=京都はいうまでもなく794年、桓武天皇によって造られた都。その京都の端っこを「京極(京がきわまるところ)」といった。東京極大路、西京極大路、北京極大路(一条大路)、南京極大路(九条大路)。西京極大路は阪急・西京極駅のすぐ西、天神川にそって南北に走っていた。東京極大路は現在の寺町通にあたる。
新京極通は明治5年(1872年)、寺町通の東約30bに三条から四条にかけてつけられた。寺町通には芝居小屋などがあり、人通りが多かったため、バイパスとしてつけられたという。今もお土産物屋さんがずらりと並び、修学旅行生らがいつも行きかっている。
ところで、新京極通には不思議スポットがある。「たらたら坂」。三条通から新京極通に入るとちょっと急な下り坂になり、あとは平坦になっている。しかし、平行して走る寺町通は三条から四条までずっと平坦。そして寺町通から新京極通へショートカットしてみても、段差は感じない。ではこの坂の段差はどこに消えたのか?
【新京極たらたら坂】中京区石橋町(京阪三条徒歩5分、阪急河原町、地下鉄市役所前徒歩10分)
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