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「大阪再発見のつどい」〜なにわの町人学者と私塾〜

(1)私塾は合理的思考の大阪人を育てた

春之輔  第一部のトークのほうは、いつも私が司会をいたしまして、夙川学院短期大学の高島幸次先生や、他のゲストの先生方とお話をさせていただくというようにさせていただいてましたが、今回は私の尊敬する高島幸次先生に司会をお願いしまして、私はゲスト席に座ってトークに参加をさせていただきます。

 第二部の落語のほうに私、きょうは特別出演。私の弟弟子の桂春若、そして今、のりにのっております笑福亭松喬。そして最後に、私はおまけでんねんけどな、きょうは落語やらしていただく趣向です。

 さっそく高島幸次先生に登場してもらいます。(囃子方に向かって)ちょっと出囃子かなんかで出したげて。芸人みたいに…。

 (高島幸次先生登場)私の師匠の春団治の得意ネタは「いかけ屋」「代書屋」「野崎まいり」「皿屋敷」…。得意中の得意のネタでんねん。それで、この間、私も「皿屋敷」やりましてん。そしたら高島先生は、私にどないゆうたと思います? 「三代目の皿屋敷はまことにけっこうやけど、春之輔さんの皿うどんもよかった」。<場内笑い>

高島   ごめんなさい。私ね、三代目の「皿屋敷」が大好きでね、ご存知の方も多いと思いますが、幽霊が立ち上がるところが、ゾクッとするぐらいの様式美を極めた姿なんですね。で、春之輔師匠のを聞かせていただいて、何か感想を言わんといかんと思ったら、やっぱり思っていることがそのまま出でしもうた。<場内笑い>

春之輔  思ってたんかい! こんなん言ってたら時間が経つばかりですので、ここからの司会は先生におまかせしますさかいに。

高島   きょうお二人研究者をお呼びしています。ひとりは、江戸時代の大阪町人のなかから生まれた学者の話をしてもらおうと思ってます、京都橘大学の有坂先生です。どうぞおはいりください。もうおひとかたは、きょう入って来られる時に、「大阪樂団」の皆さんに、にぎやかな生演奏をしていただいてましたが、きょうは特別に少人数でやってもらっていますが、その指揮されてた、「大阪樂団」顧問の古川武志さん。本職は、大阪市立中央図書館内で大阪市史を作っておられます。いま出てきてもらいますが、なにを勘違いしたのか指揮の衣装のままで出てきてもらいますから。古川さんどうぞ。<白の燕尾服姿に笑いと拍手…>

  産経新聞主催の「大阪再発見のつどい」は、今回で3回目になるんですね。1回目は上方落語をテーマに、大阪落語を生み出した大阪の風土みたいなものを掘り起こそうということで、前半で対談を、後半で落語を聴いていただきました。2回目のテーマは夏祭り。ちょうど天神さんの隣の場所ですので、大阪の夏祭りにスポットを当てて、そのあと、それにゆかりのある落語を聴くということでした。

 きょうはご案内にありますように、大阪という町は歴史的にいろいろと性格を変えていくんですね。例えば難波京の時代に政治都市であったというし…。江戸時代は経済都市といいますか、商業の町というイメージがあるかと思います。近代になってからは「東洋のマンチェスター」といわれたように工業都市とか、あるいは天神さんだけではなく四天王寺とか北御堂、南御堂を考えますと宗教都市という性格もあるんです。

 そのなかで注目したいのは、江戸時代の大阪は、学問の盛んな町だったというということです。江戸時代には全国トップレベルの私塾が大阪にあり、たくさんの学者を生み出しています。そういう風土を考えますと、大阪は日本有数の学問の町でもあるんです。きょうはそちらにスポットを当てたいと思います。

 まず有坂先生にお尋ねします。きょうはいろんな資料を準備していただいていますが、そこににいろんな研究者の名前とか載せていただいています。この方面を専門にされてます有坂先生としては、一番のお勧めの私塾、あるいは学者について、ちょっとコメントください。

有坂   やはり大阪と申しますと懐徳堂(かいとくどう)ということになるかなと思います。ちょっと難しい言葉などが出てきますので、レジュメのほうに、出てきそうな人の名前とか私塾の名前をあげていますので、ご参考にしていただきながらお聞きいただきたいと思うんです。江戸時代、18世紀にはいってからできました懐徳堂というのが、大阪の町人の学問所として、とても有名な学校でありまして、これが大阪を代表する勉強の拠点となった所かと思います。

高島   私塾としては「懐徳堂」が一番ですか。では、学者のほうはどうでしょう? レジュメに何人か名前があげてありますね。

有坂   懐徳堂の中からも非常に優秀な学者がたくさん出ておりまして、なかでも中井竹山(なかい・ちくざん)、中井履軒(なかい・りけん)という兄弟が懐徳堂の最盛期を作った学者ということになります。お名前、多分みなさん初めてお聞きになられる方が多いと思いますが、江戸時代の大阪ということでいきますと、代表するような非常に著名な学者であったということになります。その門下からもたくさん学者を輩出しています。

高島   「懐徳堂」の建物はなくなりましたが、地下鉄淀屋橋駅を少し南へ行ったところの日本生命のビルに「懐徳堂旧址碑」と書いた大きな石がはめ込んでありまして、そこに由来が書いてあるんですね。すぐそばにはね、みなさんよくご存知の「適塾」があります。「懐徳堂」と「適塾」は歩いてすぐですね。時代的に同じと考えていいんですか。

有坂   「適塾」のほうが少しあとにできました。「適塾」のほうは幕末になりますが、だいたい100年ぐらい(あと)。

高島   きょうの資料を見て面白いなと思ったのは、一番上の行のタイトルに「合理的で実証的な考え方…」と。これ、大阪の学問風土を表すには、この言葉が一番適切だということでしょうか。

有坂   ええ、きょうのお話はこのワンセンテンスに凝縮されているというふうに思ってただいてもいいかと思うんです。大阪の人は学問が好きというだけではなくて、考え方が非常に合理的。現在の私たちから見ても理にかなった考え方を好んでいる。学者というと、どうしても机の上で小難しいことを考えているというイメージがおありかと思うんですけれど、全くそうではなくて、自分の目で見て自分の感じたことでないと信じない。

高島   春之輔師匠、大阪の学者は合理的、実証的なんです。程遠いところにいてはりますけど…。

春之輔  いやぁ、あのね…。難しい字ばっかり並んでまんな。今的にいうと、大阪と学問が結びつかんという気がしますね。余計なことばっかり言いまっけど、笑いゆうたら吉本の笑いばっかりでっしゃろ。何や知らんけど、お笑いの町的に言われんのは、まことにつらい。例えばお笑いでも松竹新喜劇に近づくような感性やったらよろしいんですけどな。そういう中で、今の話を聞いてるのは、まことに新鮮で…。大阪の人間を勇気付けてほしいでんな。

 

 

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