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村井勉氏 死去 90歳 マツダ、アサヒビール再建に尽力

 マツダの再建、アサヒビールの活性化、JR西日本の民営化に尽力し、“企業活性屋”の異名をとった住友銀行(現三井住友銀行)元副頭取で、元JR西日本元会長、アサヒビール名誉顧問の村井勉(むらい・つとむ)氏が10月30日、肺炎のため大阪市北区の病院で死去した。90歳。葬儀は近親者のみで行う。後日、お別れの会を開く予定。

    ◇

 村井氏は昭和17年、東京商科大学(現一橋大学)を卒業し、住友銀行(現三井住友銀行)に入行。取締役、常務を経て51年1月に東洋工業(現マツダ)副社長に就任。当時、同社は約170億円の赤字を抱えて倒産の危機にひんしていたが、「サバンナRX―7」、「ファミリアXG」などのヒット車開発に尽力。米フォード・モータースとの資本提携も行い、再建の糸口をつけた。

 57年3月には朝日麦酒(現アサヒビール)社長に就任。「スーパードライ」の原型となる「コクキレビール」を発案。これが見事にあたり、シェアを広げた。さらに、62年4月には、発足したばかりのJR西日本の会長となり、顧客本位のサービスを徹底させた。この間、住友銀行専務、副頭取として関西経済同友会代表幹事も歴任した。

 一方、平成8年から日本バレーボール協会長をつとめるなど、経済界きってのスポーツ愛好家としても知られていた。

 63年、勲二等旭日重光章を受章。
 

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