2009年2月20日
防波堤はあるか(5)強烈な危機感 接点になった
本州と四国を結ぶ瀬戸大橋、東京湾横断道路の海底トンネルといった巨大構造物に、特殊ネジの世界トップメーカー、竹中製作所(大阪府東大阪市)の「タケコート」が使われている。吹きつける海水や潮風はもちろん、砂漠の中でも「50年は大丈夫」という耐久性が自慢だ。
竹中製作所が世界に躍り出る原動力ともなった「タケコート」開発の舞台裏には、産学連携にかけた竹中弘忠会長の執念がある。
昭和59年、兄の急逝を受けて3代目社長に就任した竹中氏は、歯止めのかからない業績悪化に苦しんだ。急激な円高で輸出が激減、62年の売上高は17億円弱とそれまでの42億円から大幅ダウンし、工場閉鎖や社員のリストラを強いられた。
竹中氏は、起死回生のアイデアを実行に移す。それが「さびないネジ」の開発だった。
さびや腐食に長期間耐えるフッ素樹脂をいくつものネジ山の細かな凹凸に薄く塗布するのは技術的に難しかった。工具で締めつけたとき、摩擦でフッ素樹脂がはがれてしまう。
竹中氏は必死だった。知人の紹介で、京都大学化学研究所所長(当時)の稲垣博教授の助力を仰ごうと京都府宇治市の研究所に通ったが、なかなか面会してもらえない。業を煮やして早朝に長岡京市内の稲垣教授の自宅を訪れ、「さびないネジを開発したいのです。どうか助けてください」と直訴した。
出勤前の稲垣教授は話を聞いたうえで「そんな難しいことをよくやろうとするなあ」と興味を示し、協力を約束した。教授の指導する研究生らを巻き込んだ共同作業で、専用塗料を開発したほか、独特の下地を施してフッ素樹脂の密着性を高め、「技術的な大きな山を1年で越えた」と竹中氏は振り返る。
現在、竹中製作所は京大のほか関西大、近畿大などの研究室と産学連携の交流を進めている。約20件の特許や実用新案を取得するなど実を結びつつあるが、竹中氏は指摘する。
「産学連携のカギを握るのは企業に乗り越えるべきテーマがあるか。必要な資金と対応可能な技術者がいるかどうかだ」
■ ■
「商社を活用する機会はありませんか」。東大阪市の職員と伊藤忠商事の担当者らが、東大阪市内の中小製造業に声をかけている。
東大阪市と伊藤忠は平成17年、髪の毛の太さの約10万分の1という超微細な領域で勝負するものづくり「ナノテクノロジー」など将来有望な先端技術分野で、市内の企業を共同支援することで業務提携した。これと見込んだ企業への個別訪問に余念がない。
両者がともに足を運んだ企業はすでに70社以上。新技術の研究開発や新規上場に向けた出資支援など進行中のものを含め、20件以上の案件に取り組んできた。
「地方自治体が地元企業にできる支援には限界がある。大手商社に間に入ってもらうことで、企業のメリットになるところまで手伝える」。市モノづくり支援室の森晴代主任は、こう指摘する。
たとえば、ある節水器具メーカーは伊藤忠のグループ企業を経由して納入先を増やしたほか、リース販売やレンタルを取り入れ、約1000万円の販路拡大につなげた。
ただ、業務提携から3年半が過ぎ、課題も浮かび上がっている。17年度の個別訪問件数は40社、18年度に25社と順調だったものの、19年度は2社、10年度は7社に減った。トップシェアや独自技術を持つ代表的企業を回り終えたためだが、伊藤忠先端技術戦略室の藤原秀紀室長代理は「こちらから訪問しないと企業のニーズは把握できない。商社のどの機能を提供できるかも分からない」と話す。
19年度からは毎年秋、企業と伊藤忠のグループ企業による“集団お見合い”の商談会を実施。互いの接点を増やそうと懸命だ。
「経営状況が厳しいときこそ、企業は『次のことをしなければ』と研究開発や販路拡大に迫られる。21年度は少なくとも12社(月1社)の企業と面談したい」
藤原室長代理はかつて一度足を運んだ企業を再訪問する一方、以前は関心を示してもらえなかった企業にも改めて接触することにしている。(森田晶宏)
防波堤はあるか=おわり
(2009年2月20日 08:27)
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