2009年3月 2日
箱の中で眠る人形 林きよこ 75 大津市
わが家では2月の声を聞くと早々にひな人形を飾り付け、節句の翌日には片づける。
ひな人形をしまい遅れると娘が縁遠くなる。そんな古い伝説を信じているわけではないが、できることならかわいい孫娘も、番茶も出花の頃に嫁がせてやりたい、と淡い願いが心の片隅にあるのも確か。
緋毛氈(ひもうせん)の上に娘と孫2代の人形を飾ると、薄暗かった座敷がパッと春めく。
「今年もおばあちゃんの人形、飾らへんの?」「うん」
小さくうなずく私に、孫もそれ以上は聞こうとしない。確かに4年前までは、ひな人形の横に尉(じょう)と姥(うば)の人形を飾っていた。翁と姥の穏やかなたたずまいに、自分たち夫婦の未来像を重ね合わせて買い求めた、大切な人形だった。
新聞のチラシで見つけた格安の人形を目当てに、夫と2人でデパートの人形売り場を見て回った。しかし目移りして、結局最高級品を奮発する結果になった。
「これなら倍の幸せが訪れるかもね」
あんなに意気込んでいたのに。残念ながら私たち夫婦にとって招福人形にはなり得なかった。それからしばらくして夫は天国に召されていった。人形を眺めれば夫恋しさがこみ上げる。眺めることさえ拒まれて、ついに人形は段ボールの中に。
あれ以来、箱の中で眠り続ける人形。このまま日の目も見ず人形人生を終わらせるのには、あまりにも不憫(ふびん)でならない。
「来年こそは」。それにはまず、私自身の気持ちの整理を急がねば。そう思い続けてもう4年になる。
(2009年3月 2日 14:56)
Category:夕焼けエッセー
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