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早よ、帰り 伊藤 広臣 71 自営業 大阪市東成区

 母が危ないとの妹からの電話で、私は深夜のタクシーで病院へと急いだ。車中、何度も手を強く握りしめた。

 深夜の薄暗いICUは、何かの器械音だけがあちこちから流れていた。静かだが必死に動いている音だった。

 酸素マスクをつけた母はモニター画面の光で青白く浮かんで見えた。担当医師が傍らにたたずみ、やがて私たちを別室へと導いた。

 「今夜は大丈夫と思いますが、心筋梗塞(こうそく)の手術はいかがなさいますか」と低い声で尋ねた。

 長く患ってきた86歳の母は「手術は受けない」と言ってきたこともあって、「高齢だから無理だと思います」と心の奥にわだかまるものを感じながら答えた。

 私たちは再びICUに入り、母の顔を長い間眺めていた。突然、目をつむったままの母が「早よ、帰り」とささやくような声で言った。母の口元に耳を寄せた。「早よ帰り」。同じ言葉が出た。医師から「今夜は帰られてもいいですよ」と言われ、1時間ほどで帰途についた。明け方、付き添っていた妹が電話で母の死を告げた。

 あれから10年。私は急性肝炎のため救急車で運ばれた。「劇症肝炎、致死率90%」。電子辞書で調べ、死を覚悟した。

 しかし小康を得て一般病棟へ。妻と娘が毎日病室に来てくれた。

 半時間もしないのに私は「早よ、帰り」と言ってしまう。病室を出る妻と娘が不満顔で「早よ、帰りてか?」

 独りになった私は、母はどんな気持ちで言ったのだろうか、と白い壁を眺めながら、耳に残った声を反芻(はんすう)して聞いていた。

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