2009年4月 1日
正論 田中邦彦 55 塾講師 和歌山市
「あーあ、今日はボーズか」と声に出して言うと、後ろから「ぼうずではありません。中三です」という返事。びっくりしてふり返ると、釣り竿(さお)を持った少年が立っていた。
私はうろたえて「いや、君のことをぼうずと言ったのじゃなくて、魚が1匹も釣れないことを釣り人はボーズと言うんだ」と説明した。
少年はそんなことは知っている、というような顔つきで私の隣で釣り出した。
その少年の立ち居振る舞いがあまりに自然で、私は舌を巻いた。少年は俺なんかよりずっと世慣れている。バレンタインデーには、きっとたくさんのチョコレートをもらったことだろう、などとくだらないことを考えた。
少年は中国人だと言った。非常に礼儀正しく、美しい日本語で話す。
私は美しい日本語に飢えていたので、すぐに彼を好きになった。
私の竿が曲がった。20センチ弱のアジだ。顔に出ないように笑った。少年が言った。「中国では1匹目は逃がす」と。私は気が付くと「俺もだ!」と言っていた。
しばらくして少年の浮きが静かに沈んだ。私と同サイズのアジだ。私は笑いをこらえるので必死になった。
私は目を疑った。
少年はすまし顔で魚をクーラーに入れた。私は少年に詰め寄った。大人げないなどと言ってはいられぬ。日中戦争だって場合によっては辞さない。
少年はこう言った。
「だって、ここは日本ですから」
(2009年4月 1日 15:10)
Category:夕焼けエッセー
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