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正論 田中邦彦 55 塾講師 和歌山市

 「あーあ、今日はボーズか」と声に出して言うと、後ろから「ぼうずではありません。中三です」という返事。びっくりしてふり返ると、釣り竿(さお)を持った少年が立っていた。

 私はうろたえて「いや、君のことをぼうずと言ったのじゃなくて、魚が1匹も釣れないことを釣り人はボーズと言うんだ」と説明した。

 少年はそんなことは知っている、というような顔つきで私の隣で釣り出した。

 その少年の立ち居振る舞いがあまりに自然で、私は舌を巻いた。少年は俺なんかよりずっと世慣れている。バレンタインデーには、きっとたくさんのチョコレートをもらったことだろう、などとくだらないことを考えた。

 少年は中国人だと言った。非常に礼儀正しく、美しい日本語で話す。

 私は美しい日本語に飢えていたので、すぐに彼を好きになった。

 私の竿が曲がった。20センチ弱のアジだ。顔に出ないように笑った。少年が言った。「中国では1匹目は逃がす」と。私は気が付くと「俺もだ!」と言っていた。

 しばらくして少年の浮きが静かに沈んだ。私と同サイズのアジだ。私は笑いをこらえるので必死になった。

 私は目を疑った。

 少年はすまし顔で魚をクーラーに入れた。私は少年に詰め寄った。大人げないなどと言ってはいられぬ。日中戦争だって場合によっては辞さない。

 少年はこう言った。

 「だって、ここは日本ですから」

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