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【立志庵の人々】山下奈緒子さんの巻

大阪産業創造館(大阪市中央区)の起業支援スペース「立志庵」に昨年11月から入居した起業家を紹介する第2回目は、
山下奈緒子さん(33)です。
山下さんについては以前にも、
ご本人が開設されているブログ「ポン酢商品化奮闘記」を紹介させていただきました。
それが3月3日でしたが、
ブログを拝見していると、
僕がグズグズしているうちに、
自慢のポン酢の製造場所も構え、
もう商品の販売を始めておられます。
というわけで、
2月の取材を今頃になって出すのは、
自分自身の無能さとノロマぶりを露呈するようなものなのですが、
僕の欠点は隠しようもないので、
開き直って、
山下さんのことを続けます。

まず、
僕がごちゃごちゃ書くよりも、
いただいた名刺の裏の文章を紹介するのが早いでしょう。
こう書かれています。

「私は兵庫県尼崎市の出身ですが、父は高知県の出身です。
ゆず王国高知ではポン酢は自家製が当たり前!
毎日の食卓にポン酢はかかせないモノです。
そんな『家庭の味』としてのポン酢を祖母→父→私と受け継ぎ、コレで毎日のご飯をもっとおいしくもっとたくさん食べてほしい!という思いで商品化を決意しました。
お子様からお年寄りまで味わって頂ける、刺激の少ないまろやかなポン酢です」

これでこの文章を終わったほうが、
いいくらいなのかもしれませんけど、
せっかくお話をうかがったので、
書かせてください。
山下さんは高校を卒業したあと、
事務や経理の仕事を中心に色々な職場に勤めてこられたそうです。
「何かをやりたい」
そんな気持ちはあったそうなのですが、
それが具体的に浮かんでこない。
朝決まった時間に起きて、
仕事をして決まった時間に帰宅するという毎日も好きではなかったそうです。
ところが、
会計事務所で働いていたとき、
そこで出会った色々な会社の社長の姿を見てうらやましくなったそうです。
これが経営者への憧れにつながりました。
でも、
自分は何をやればいのか…。
そんなとき、
母方のおばあさんが亡くなったそうです。
103歳でした。
2年前のことだそうです。
このおばあさんの口癖が、
「もっと食べなさい」で、
「食べる事は生きる事」が教えだったそうです。
おばあさんご本人も倒れて食べなくなって、
ほどなくお亡くなりになったそうです。
そこで山下さんは思いました。
「やっぱり人間は食べなあかん。
私にはそれを訴えて広める役割があるのかも」
家に伝わっているポン酢を受け継いで、
たくさんの人々に味わってもらって、
食べることの大切さを再認識してほしい、
この熱意が起業に結びついたわけです。
世界的に経済状況は厳しいですが、
「たまたまのタイミングというだけです」と意に介さない。
山下家に伝わるポン酢とそこに流れる思いの“伝道師”として奮闘中です。

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