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【夢を追う君たちへ アスリートからのメッセージ】阪神タイガース 鳥谷敬内野手

先輩に萎縮せず全力で

 野球選手の花形といわれるのは投手だけではない。遊撃手も「華のあるポジション」だ。足の速さ、強い肩という身体的な能力だけでなく、投手の配球や打者によって変わるポジショニングなど、高い頭脳も求められる。阪神タイガースの鳥谷敬選手(27)は子供のころから、その場所をずっと守ってきた。

 「ポジションにはそれぞれにおもしろさはあります。そのなかで、ショートはいろいろなプレーに絡むし、難しいポジションだからこそ、それができたときの喜びは確かに大きいですね」

 アマチュア野球の関係者の間では、遊撃手を見れば、そのチームの力がわかるとされている。
「それは初めて聞きました」と苦笑したが、「僕の場合は、やっぱり慣れ親しんだポジションだったことが大きかった」。

 小学2年で少年野球チームに入って野球を始め、4年のころには試合に出ていた。高い運動能力を買われ、そのころから遊撃手。埼玉・聖望学園高時代には投手もやったが、「それは、やらされていただけ」。毎日のように試合に出られる野手はやはり楽しかった。

 “二足のわらじ”をはいていたこともある。小学時代、野球チームに入る前、友人と柔道を始めた。父の敏さんは始めたからには途中で辞めることを決して許さなかった。鳥谷少年も当たり前のように柔道と野球を続け、そして中学に上がる前、野球を選択した。

 父には厳しく育てられたという。小学5年のときだ。野球のプレー中、肩から落ちて右鎖骨を折った。だが、泣かなかった。今でも泣いた記憶がほとんどないという。

 「そういうしつけをされた、ということだけなんですけどね。人に涙を見せるなと言われ続けてきましたから」

 激務の遊撃手でありながら、昨シーズンまで4年連続で全試合出場。このころから、すでに屈強な心、貫き通す意志が備わっていた。

 体育会系クラブに所属したことがある人なら、少なからず上下関係の厳しさを経験したはずだ。のびのび育った小学時代は「先輩と一緒に試合に出るのはよくあること」と気に留めなかったが、東京・羽村第一中に進み、硬式野球クラブ「瑞穂シニア」に入ったころから、先輩の存在を意識し始めた。理不尽な怒られ方をしても、それほど抵抗を感じなかったが、中学も高校も、試合となると別だった。

 「ふだんは気にならないんですが、2年の時に3年最後の試合に自分が出ているということに、違った意味での重圧はありました。先輩にとって最後の大会なのに、後輩が出ている。逆だったら、よくは思わないと思う」

 しかし、あまり気を使いすぎることはしなかった。「余計なことを考えるより、試合で認めてもらおうと思いました。萎縮してしまうと、ミスにもつながる。先輩より足が速いとしたら、同じ二ゴロでも全力で走ればセーフになる。一番いいのは、活躍して甲子園に行く。そういうことだと思う。先輩の思い出にもなる。そういうふうな考えではいました」

 代わりに出ている自分が、今何を求められているのか。そんな自覚を持って、常に臨んできた。

 「一番は自分が最終的に成功というか、頑張ってプロに入る。この選手に打たれたことがあるとか、そういう話のできる選手になることが、恩返しとまではいかないですが、今の自分ができることだと思います」(嶋田知加子)

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