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低空飛行  望月隆昭 75 医師 大阪府八尾市

 ツバメが飛び交う季節になった。

 わが家の前の川面すれすれに飛ぶ様を見ていると、遠い少年の日に見た「ある低空飛行」の思い出が鮮やかによみがえってくる。

 昭和19年の正月。親戚(しんせき)の家へ年賀に出かけた帰りの電車の中で、席を譲ってくれた若い兵士に、父が無理強いのようにわが家へ誘い、おせち料理をごちそうすることになった。

 飛行機乗りというその陸軍下士官のKさんは寡黙だが涼やかな笑顔で、わが家の少しの酒と粗末なおせち料理を喜び、やがてさわやかな敬礼をして飛行場の兵舎に帰っていった。

 その翌日の昼下がり、突然、頭上で轟音(ごうおん)がとどろき家が震えた。驚いて外へ飛び出すと、日の丸をつけた1機の単葉機が屋根すれすれに飛びすぎ、すぐ反転してまた低く突っ込んでくる。

 操縦室で挙手の礼をしているKさんらしき人が見えた。機は何度か低空飛行を繰り返し、南の空へ消えた。

 さらに約10日後、今度はKさんの戦友と名乗る兵士が、Kさんの手作りだという新型戦闘機の木製縮小模型をわが家まで届けてくれた。Kさんの手の温もりが伝わってきた。

 5年生になると戦局は悪化し、Kさんの消息は絶えた。B29に国土はどんどん焼かれ、そして原爆が落とされて戦争は終わった。

 戦後何年もたって、私はKさんのあの低空飛行には、すでに実戦に赴くことが決められていた彼の、祖国への惜別の思いも込められていたのだと思うようになった。

 あの縮小模型の本体の名前も戦後になって知った。その「飛燕」に乗ってKさんは飛び立っていったのだろうか。

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