2009年6月17日
ありがとうな 石井正 60 兵庫県伊丹市
隣の市の駅ビルに入ったら、新しい寿司屋がオープンしていた。カウンター席に腰をかけると、入れ違いにテーブル席の2人組の客が席を立ち、私だけになった。
会計のところで新米らしいパートのおばさんがレジの機械相手にもたもたしていた。すると、カウンターの中から勝ち気そうな若い娘が飛んでいき、指図しながら注意した。
カウンターに戻ってくると、小さな声で親父が意見するのが聞こえた。どうやら客の前で従業員を叱るのはよせと言っているようだった。
調理師免許も持っているのだろう。その娘も負けてはいなかった。だんだん2人の声が大きくなり、私の存在を忘れて売り言葉に買い言葉。
「店を閉める!」「勝手にしなさいよ!」
カウンターの中から親父は外へ飛び出していき、ついでに「営業中」の札を「準備中」に裏返してしまった。
おいおい、まだ1人客がいるのにと思いながら、私も自分の親父のことを思い出していた。
高校生の頃から親父が亡くなる52歳まで、大学入試、就職、結婚と期待を裏切り続け、逆らい続けた息子だった。
「ありがとうな」と口に出してやっと言えたのは、親父の臨終の場。それも周りにいる身内に聞かれるのが嫌で、耳元でささやいただけだった。本当に聞こえたかどうか心もとない。
寿司屋の娘もいつか私より早く、自分の親父にそう言えるようになってほしいと、思いながら店を後にした。
(2009年6月17日 13:53)
Category:夕焼けエッセー
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