産経関西(産経新聞大阪本社公式ニュースサイト)

【紹介】お世話になってます。パート2

大桐万喜子さんこの“ブログ企画”をバックアップしてくれている大阪産業創造館(産創館)の担当者の方が変わりました。
前任者の井村仁香さんが異動になったためです。

とはいえ、実はそれは4月のこと。
本来なら新しい担当者の方をもっと早くご紹介しなければならないのですが…。
いやぁ、いろいろと忙しくて…。

すみません、僕がグズグズ怠けておりました。

取材をしたのが4月10日なのに「あっ」と気がつけば、春も過ぎてもう7月。祇園祭や天神祭のお囃子が聞こえてくる季節です。

前置きはこのくらいにして、紹介いたします。

2代目担当、大桐万喜子(おおぎり・まきこ)さん=写真=です。
パチパチパチ!(注:拍手の音)

産創館のプランナーで、広報や同館の月刊情報紙「b-platz press」の編集をしてらっしゃいます。
同館のプレスリリースシステム「サンソウカンde記者会見」も担当して企業とメディアをつなぐ仕事もされています

生まれも育ちも大阪で、産創館(大阪市中央区)は通っていた中学の校区内だそうです。

語学に興味があって高校では国際コースで英語を学び、大学ではフランス文学科に在籍。
「英語はたっぷりやったので、他の語学がいいなと思ったんです。文学にはあまり興味がなかったんですが、かっこよさそうなのと料理で興味があったので」といい、ゼミの卒業制作では神戸のガイドブックをフランス語で作ったそうです。
「カメラとメモを持って取材のようなこともして、担当した六甲アイランドの歴史なども書きました。でも、今では英語もフランス語もすっかり忘れてしまいました」というが、それが本当なのか謙遜なのか、英語は正真正銘、神様に誓って忘れ、フランス語はまったく分からない僕には確認のしようがありません。

それはさておき。
そんな大桐さんがなぜ中小企業を支援する仕事に就くことになったのか。

話は20世紀最後の年、西暦2000年までさかのぼる(というとちょっと大げさですけど)。この年の夏、大学4年生だった大桐さんは産創館にアルバイトにきたのです。
当時の産創館はまだ翌年1月の開設に向けた立ち上げの時期。ここで大桐さんは名刺の入力やらイベントの準備の手伝いやらをしたわけでして、もう翌年春からの就職先も別に決まっていたのでした。

ところが、さすがにオープンを控えて忙しくて人手不足。大桐さんも「何のお手伝いをしているのもかわからなかったくらいだったんですが…」気づいてみれば「b-platz press」の編集にも関わり、開設と同時の創刊のときにも働いていたわけ。

結局、そのまま草創期からスタッフとして今に至るということで、キャリアを積んだ民間出身者が多いなかで珍しい新卒採用の生え抜きなのです。

「b-platz press」の取材ではこれまで500人くらいの社長に会ったといいます。
「父が製造業を営んでいるので特にものづくり企業の社長さんの話が好き」だそうです。
「ものづくり企業の社長さんはアツイ、すてきな社長さんが本当多いです」と声に力がこもります。
「大阪には、あまり知られていなくても、すごい技術を持ったオンリーワン企業がたくさんあるんです。どうしたら社員が元気になるか、いろいろな取り組みをして工夫している社長さんも多いです。不況下で工場が週に3日しか稼働していなくても『何とかしよう』と元気よく新しい分野に挑んでいる社長さんもいます」。社長さんたちのことを語るとき大桐さんは熱くなるようです。

ちなみに「産経関西」で始まった「産創館広場」は大桐さんのアイデアです。
“商売上手”ですね。

趣味は海や温泉への旅行、食べること。
そして学生時代から始めた生け花は師範です。
食べることが趣味というだけあっておいしいものは大好きで、特に焼肉、マンゴー、海老、クリームソースが好物だそうです。

というわけで、
大桐さん、今後ともよろしくお願いします。
 

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