2009年8月24日
(4)大阪心斎橋ロータリークラブ会報・広報委員 福西幸夫さん 破天荒こそ、わが人生
第2660地区の“けったいな人No.1”と自他ともに認めるのが福西幸夫さん(80)=大阪心斎橋ロータリークラブ所属。音楽と車をこよなく愛する趣味人なのだが、その“熱中度”がけたはずれ。頑固で八方破れ。でも憎めない。
■思い立ったら悩まない
エピソードには事欠かないがその一、二を争うのが、昭和47年に敢行した「国産車でミュンヘン・オリンピック聖火コースを走る大計画」。ギリシャのアテネから西ドイツ(当時)のミュンヘンまで、国内で既に16万5千キロ走行していた愛車を駆り、さらにポルトガルまで、東欧5カ国を含む欧州15カ国を28日間かけて1万1千キロを走り抜いた。「陸続きやから車で走れるし、現地で聖火を迎えたい思うてね」
また、60年には大阪フィルハーモニーにアマチュアが挑戦する「アマチュア・アタックコンサート」に出演。ザ・シンフォニーホールで、大フィルをバックにジャズのスタンダードナンバー「スターダスト」をトランペットソロで披露。第2660地区公認の音楽バンド「ベリー・グッドマンズ」での不動のトランペッターの実力を見せつけた。「思い立ったら、悩みませんねん」
■心斎橋の縁
戦争に翻弄(ほんろう)された青春。戦況の悪化で5年制の大阪市立天王寺商業を4年で卒業。「大陸は欧州と陸続きやから、パリやベルリンにも歩いていける」と20年5月、16歳で単身旧満州(現中国東北部)へ。しかし3カ月後、終戦。げたが1日で板になるような逃避行を経験。さらに、帰国後勤めた会社が相次いで倒産した。
「社員がいくらがんばっても社長が本業をほったらかしてたら、どもならん」と思い知る。曲がったことが大嫌い。怒りの中で独立を決意。5年がかりの挑戦で34年、税理士資格を取得。
平成2年には、同年7月に発覚した大阪国税局幹部とニセ税理士の癒着問題に怒り心頭。市民グループ「税務署オンブズマン」を立ち上げ、代表として厳しく真相を追及した。
そんな破天荒さがロータリークラブと結びついたのは心斎橋の“縁”。大阪心斎橋ロータリークラブのチャーター(設立)メンバーの一人が、大阪税理士会の元会長(故人)で、そのときの副会長が福西さん。また、34歳のとき交通事故で瀕死(ひんし)の重傷を負った際に世話になった長堀橋・牟田病院の牟田實院長も会員だった。
趣味に仕事に「言いたいこといいの、したいことしい」でやってきた半生だが、クラブに入ってもう一つ大きな輪の広がりを体験したという。「大フィルとの競演も、ロータリーで大フィル協会の野口幸助事務局長に会わへんかったら、絶対なかった」
奉仕団体として世界に知られるロータリー。しかし、地域の人には「何してはるんやろ」が通り相場。「これから、地域でも知られる存在にしていきまっせ」と笑った。
【用語解説】国際奉仕
ロータリーの奉仕精神の一つ。ロータリアン(会員)が国際理解、親善、平和を推進するために実施できることすべてからなる。その方法として重視される一つに、他国の人々、その文化、慣習、問題などを知ることがあげられている。大阪心斎橋ロータリークラブでは、一昨年からタイのトンブリーロータリークラブと提携し、同クラブが2カ月に1度行っている「僻地(へきち)歯科医療支援」のため、第2660地区全体で1万5千ドルを寄付。今年2月、同地で歯科医療機器の贈呈式を行い、福西さんらが現地を視察した。
※2009年8月2日 産経新聞(大阪版)朝刊掲載
(2009年8月24日 09:59)
Category:変わるロータリークラブ「第2660地区」の元気人
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