2009年9月14日
(7)大阪西北ロータリークラブ前会長 池谷典彦さん 観音めぐりで広がる輪
「大坂三十三所観音めぐり」をご存じだろうか。池谷典彦さん(64)=大阪西北ロータリークラブ所属=がその存在を知ったのは、大阪青年会議所(JC)地域文化委員会の委員長だった38歳のとき。その日から27年、観音めぐりは地域もロータリーも巻き込んだ池谷さんのライフワークになっていく。
■古地図を手に路地裏まで
きっかけは、JCで「大阪の伝統文化を探究して未来につなげよう」という勉強会を開いたことだった。「大阪の伝統文化なら、近松門左衛門」という「短絡的な発想」で、近松研究で知られる大阪大学の信多純一教授(現・名誉教授)を訪ね、教えを請う。
そして「曾根崎心中」の冒頭を飾る「順礼一番に天満の。大融寺(現・太融寺)」「照らす鏡の神明宮」といった寺社の名は元禄時代(1688~1704年)、西国三十三カ所にちなんで大阪につくられた巡礼道を示すものであることを知る。
「お初と徳兵衛の出会いも、背景に『観音めぐり』があったことを知ってはじめて納得がいきました」
往時、大阪市内には観音堂を備えた29寺と4社があったという。しかし、明治の神仏分離令や昭和20年の大阪大空襲で多くが所在不明に。33カ所探しは難航する。古地図を手にJCメンバーと路地裏まで探し歩き、数カ月かけて現存していた3カ所の観音堂を見つけ出した。
■活動認められ観音堂復活も
最初は、地図に観音堂のあった場所を書き入れて完成させるつもりだったが、札所を守る1人の老婦人から『一生かけてするつもりがないなら、やめなさい』と諭され、一念発起。「大坂三十三所観音めぐり」の復活を願う会を立ち上げ、「近松門左衛門とともに歩こう」という市民運動に発展させた。
以来、27年間続く現代の観音めぐりは、毎年11月3日に開催。午前8時に第一番札所である天満の「太融寺」をスタート、夕方までかけて淀屋橋にある第三十三番札所「御霊神社」まで約20キロを歩く。参加者は毎回70人から100人。ロータリーの仲間もいるが、名前も仕事も知らず、この日だけ会う人もいるという不思議な縁(えにし)の会だ。
「最初の5年くらいは門を開けてくれない寺もありましたが毎年、門前で般若心経を唱えているうちに意気に感じて、観音堂を復活してくださった所もあります」
また、多くの人に観音めぐりを知ってほしいと、1人千円の参加費から費用を出し、これまで23カ所に観音像を刻んだ石碑を建てた。
「ロータリーの活動も大きな目で見れば、地域奉仕。大阪の役にたつことが、世界の役にもたつはずです」。体調を崩しても、11月の声を聞くと必ず元気になる“体質”になった。「これも、観音めぐりのおかげ。最終的には、行政を動かして33本の記念碑を建てたい」とほほ笑んだ。
□地域社会の関心事項
ロータリークラブには「国際奉仕」のイメージがあるが、それだけではなく、各クラブで実施中のプロジェクトがその地域から遊離しないよう、定期的にクラブの奉仕活動を分析し、地域社会の真の関心事項を把握した取り組みに力を注ぐよう奨励している。プロジェクトの実施にあたっては、得られる限りの情報を駆使し、地域社会の真のニーズを見つける▽ニーズを見極めたら効果的に対処できるプロジェクトを計画する▽地域ぐるみで、プロジェクトの目標を支援し、できればプロジェクトの実施に地域社会の人々を加えること-などが留意点としてあげられている。
※2009年9月6日 産経新聞(大阪版)朝刊掲載
(2009年9月14日 08:00)
Category:変わるロータリークラブ「第2660地区」の元気人
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