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(9)国際ロータリー第2660地区パストガバナー 吉川謹司さん ブラジル通で組織のまとめ役

  ブラジル政府観光局日本事務所代表、大阪・サンパウロ市姉妹都市協会長なども務める吉川謹司さん(75)=東大阪東ロータリークラブ所属=は、ブラジルにもっとも近い日本人の1人。

 同地でビジネスを展開していた叔父の影響で、昭和48年渡伯。当時、同地は日本企業の進出ブームに沸いており、その数約500社にのぼっていたという。

 ■死にものぐるいで成功

 サンパウロに着いて1週間が過ぎたころ、店を譲りたいというイタリア人親子と知り合う。彼らの“店”とは、結婚式などにセレブが愛用する格式ある3300平方メートルのパーティーハウス。15歳になった少女が社交界デビューする会場としても人気の物件だった。

 「なぜ、手放すのか」と問うと、返ってきたのは「手放すことで利益が出るなら」という明快な答え。

 当時のブラジルは完全な格差社会。公用語であるポルトガル語を全く話せなかった吉川さんには「ノウハウがわかるまで手伝う」という申し出も魅力だった。

 しかし半年後、危機が訪れる。言葉の壁もあり、雇用していた支配人とイタリア人元経営者親子の対立で訴訟寸前に。頭の中にあるポルトガル語を絞りだし、訴えを取り下げてくれるよう頼んだ。「人間死にものぐるいになればなんでもできる」を実感する。

 ■教えられ、助けられ

 多様な民族と文化が同居するブラジルで、ヨーロッパ、アラブなどさまざまなスタイルのブライダルを成功させ、顧客の信用を得る。日系人社会ではなく非日系人の社会と最初につながりをもったことが、その後の吉川さんのライフスタイルを決めた。

 そんな異色の経験が何よりも生きたのが、平成16年に大阪で開かれた「国際ロータリー2004国際大会」だった。相手かまわず、納得がいくまでぶつかる“武闘派”の近藤雅臣実行委員長とタッグを組み、実行副委員長(事務総長)として資金集めから会議の調整、なだめ役までをこなし、大会を成功に導いた。千玄室大会委員長(中央)、近藤雅臣実行委員長(左)とともに「国際ロータリー2004年国際大会」の記念切手を紹介する吉川さん=大阪市西区

 「ロータリーは自己研鑽(けんさん)の場であると同時に、知り合いも増え、友情を深めることができる場。教えられ、助けられることを通して社会への恩返しとしての奉仕の心を知り、誇りが生まれるのです」。とはいえ、吉川さん自身も実は、武闘派。とくに昨今の会員増強問題についての言は厳しい。

 「入会3、4年目で商売のプラスになるのか、学ぶことはもう学んだといった『ロータリーはわかった』風になりがち。その驕(おご)りをただし、行くべき道を示すのが会長の役目。会員の増強をいうなら会長が、まず燃えなくては」。その言葉に、パストガバナー(代表経験者)の迫力がにじんだ。

 【用語解説】パストガバナー

 地区内のロータリークラブで唯一の管理役員であるガバナー(代表)経験者(元ガバナー)の呼称。各地区には元ガバナーからなる諮問委員会が設置される。この委員会は、ロータリークラブの現会員である元ガバナー全員によって構成される。現ガバナーは、少なくとも年1回、国際協議会後1カ月以内に諮問委員会を招集するよう要請されている。これはガバナーエレクト(次期ガバナー)が国際協議会で討議され、発表された事項を、現ガバナーと元ガバナーに報告するために開かれる。

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