2009年10月12日
(11)大阪阪南ロータリークラブ親睦委員 渡邊猛さん 3カ月で日本徒歩縦断
60歳代で徒歩で日本を縦断した人がいる。渡邊猛さん(65)=大阪阪南ロータリークラブ所属=だ。今年4月15日から7月17日まで約3カ月かけて日本最南端の地・鹿児島の佐多岬から最北端の北海道・宗谷岬まで約2700キロを1人で歩いた。日の出前に出発し、日没に宿に入る日々。ロータリークラブのマークをはりつけたリュックを枕に、路肩で昼寝をしたこともいい経験だったと豪快に笑う。
■四国遍路で“火”がついて
きっかけは還暦の区切りとして60歳で始めた四国遍路。3回目の“歩き遍路”に挑んでいた昨年、徒歩で日本縦断中という男性と同宿になる。話を聞くと、日本縦断の距離は約2500キロ、日数は80日ほどという。それなら四国2周と変わらない。負けん気に火がついた。
スタートは自社の60周年式典の翌日と決め、式典が終わると直ちに佐多岬に向かった。自称「チョイ悪おやじの日本縦断1人旅」。
時速4キロを原則に、1日の行程を組んだ。荷物は必要最低限の8キロ。水と雨具、懐中電灯に非常食。自動販売機のない道も多かったが、昼食抜きはダイエットと思えば苦にならなかった。
とはいえ、歩く中心となる国道の主役はトラックやマイカー。徒歩の旅人は邪魔もの扱い。歩道は少なく、路肩の草は伸び放題。トンネルを歩くときは、人がいることを車にわかってもらうため、工事従事者用の蛍光タスキをリュックにかけ、懐中電灯を後ろ向けに照らして歩いた。
■歩いて見えてきたこと 
九州から青森までの2カ月で雨に降られたのはわずか3日間という“晴れ男”だったが、北海道に入ると天候不順で毎日が雨か曇り。ポンチョとヤッケが手放せなくなった。
「とにかく人に会わない旅。とくに若い人とは全くといっていいほど」。日本海側では、商店のシャッターが下りた“シャッター通り”もたくさん見た。
そして夜、1人の食事の味気なさに、家族のありがたさを思った。「青森でトドの肉、稚内(わっかない)でトナカイのステーキといった珍しいものも1人では…」。民宿で頼んだ昼食用のおにぎりの包みに添えられた「お気をつけて」のメモにぬくもりを感じた。「1人なら、一緒に食事しませんか」という声が身に染みた。
秋田の能代まで車で激励に来てくれた社員、北海道からの帰りのフェリーが着く舞鶴港まで迎えに来てくれた家族や社員。優しい言葉が人の心をつかむことを改めて実感した。極めつきは「がんばって日本を歩いたのでこれをしょう(賞)します」と小学3年生の孫、すみれちゃん手作りの賞状。胸が熱くなった。
ロータリー歴はまだ2年だが、気の合う人と本音の付き合いができる場と感じている。「今度は、車で岬も半島もすべて踏破する日本完全一周をしたいと思っています。そのときは、いいロータリアン(会員)仲間がいれば」と目を輝かせた。
【用語解説】ロータリーマーク
ロータリーを象徴する「歯車」のマークは1905(明治38)年、ロータリー誕生の年に生まれた。考案したのはクラブ初の彫刻家、モンタギュー・M・ベア。米・シカゴの元気あふれる若い職業人グループの徽章(バッジ)として、簡単で素朴な形の車輪を描いたことに始まる。1912年に開かれたロータリーの大会でロイヤルブルーと金色の歯車を正式の徽章として制定。その後、専門家からこの歯車では動かないとの指摘があり、技術的に正確に動く歯車が委員会で検討され、1920年に現在のマークが正式に採用された。
※2009年10月4日 産経新聞朝刊(大阪版)掲載
(2009年10月12日 08:00)
Category:変わるロータリークラブ「第2660地区」の元気人
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