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(12)地区元ガバナー補佐 大川真一郎さん 「文化を残す」が生きがいに

 大東ロータリークラブの大川真一郎さん(76)は、人を驚かす天才だ。

 電機大手メーカーに勤務していたサラリーマン時代、持ち前の独創性で2ドア冷蔵庫を開発、「冷蔵庫の大川」の異名を取った。ベンチャー企業を24社起業、10社つぶした。昨年夏の高校野球で全国優勝を果たした大阪桐蔭高と、春のセンバツに出場経験を持つ大阪産業大付属高校の校歌を作曲した。そしていま情熱を燃やすのは「大東市にオペラハウスを!」という夢の実現だ。

 ■クラリネットに救われた命

ウィーンフィルのチェロ奏者と共演する大川さん(左端)=平成8年、豊中市 「昭和47年に15億円の借金を背負い、いっぺん死のうかと思ったんです」

 聞く者がドキリとする言葉を、にこにこと話す。

 大学卒業後、電機メーカーに就職。アイデアあふれる電化製品を次々に開発していた44年、実家の本家の後継者にと請われた。企業戦士から実業界への転身。しかし1年後、叔父が急死。相続税の1億5千万円を早く返そうと、80レーンのボウリング場を建設するが、当てがはずれて逆に15億円の借金をつくった。

 「どんな死に方があるかと街を歩いていたら、アマチュア音楽界の大御所の先輩が『大川君、生きとったか。またオーケストラ始めたからいらっしゃい』と大声で呼んでくれたんです」

 高校でピアノを始め、1浪の末に入学した大阪大学では交響楽団に入団し、クラリネット奏者に。大学4年生で大阪室内楽団のメンバーになり、千日前の音楽喫茶「銀馬車」にレギュラー出演する腕前だった。

 企業戦士時代は演奏から遠のいていたが、大先輩のひと声でカビの生えたクラリネットを再び手にした。昔のような音は出なかった。「でも、スーッと肩の力が抜けて、借金返済のアイデアが出てきた。クラリネットは命の恩人です」

 ■大東にオペラハウスをクラリネットを手に演奏曲について聴衆に語る大川さん=平成8年、豊中市

 以来、困ったことが起きるとクラリネットを吹いて精神統一することが習慣になった。

 そんなある日、雑誌で「金もうけをして死んだ人は1年で忘れられるが文化を残した人は50年、100年後の人々も幸せにする」というスペイン人のホテル経営者の文章を読み衝撃を受ける。17年前、バルセロナオリンピックの年だった。

 「文化を残す」。その日から、文化で大阪を活性化するというイメージがふくらんでいく。

 御堂筋をパリのシャンゼリゼのようなファッションストリートに、中之島を文化ゾーンに、夢洲を国際工芸村にし、川口町(西区川口)に中華街を復活。そこから国際会議場と船で結ぶ水上ルートを構築する。「そこにわたしの17年来の夢である大東市オペラハウスが完成すれば、ルートはさらに広がる。点ではなく、面として芸術・文化を展開していくことが大阪に住む大人の役割。ロータリアン(会員)はその先頭に立たなければ」と、大川さんは明日を見据える。

 【用語解説】ガバナー補佐

 ガバナー・エレクト(地区次期代表)により任命され、指定されたクラブの運営に関してガバナー(地区代表)を補佐する会員の役職名。その選考基準は、少なくとも3年間、名誉会員以外の会員として地区内クラブに所属している会員であること▽クラブ会長を全期務めたことのある者▽ガバナー補佐の債務を受諾する意思と能力があること▽地区レベルで卓越した業績をあげていること▽将来の地区指導者として有望であること-とされる。任期は、1年の任期を最大3年まで務めることができる。
 

※平成21年10月11日 産経新聞朝刊掲載

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