2009年10月26日
(13)大阪平野ロータリークラブ前会長 同ロータリー大学運営委員長 山田晶一さん "痛みを共に"半世紀
大赤字とともに亡父が残した会社を、24歳で継いだ山田晶一さん(71)=大阪平野ロータリークラブ所属。昭和38年のことだった。原因不明の目の痛みで、神戸市外国語大学を2年間休学。会社に入った年に大学を卒業したばかりの“若造社長”が会社再建に向けて打ち出した方針に、15人の従業員は耳を疑ったという。
■北海道の子供に給食を
それは、次の2つの柱からなる再建案だった。
ひとつは、過去の累積赤字を別にした、再建努力による純利益の10%相当額を利益分配金として、年2回の賞与のほかに従業員に支給すること。
次に、2年続きの冷害で空腹に苦しむ北海道・紋別の開拓村の子供たちに、利益の5%相当額を「給食援助資金制度」として制度化することを掲げた。
「会社の危急存亡のときに、辺地の子への給食支援など『この若社長は一体何を考えてるのか』と大反対されました。でも、わたしにとって、それはとても大切なことでした」と若い日の情熱を語る。
子供たちとの出会いは、目を痛め、満足に辞書も読めない大学生である自分の不確かさに悩んでいたころ、紋別の開拓村にある上沢木小学校の児童の困窮ぶりを伝える新聞記事を見たことから。いても立ってもいられず、アルバイトで貯めたお金で米や食料を買い、1人で同校を訪ねた。
半世紀も昔の話だが、その後に大学の後輩らとクラブを結成。卒業後も、43年に同校が廃校するまで何度も救援物資を運んだ。山田さんらが届けた米は、子供たちの給食になった。そして37年後の平成17年、成長した同校の子供たちの同窓会に招かれて、旧交を温めた。「上沢木での体験で『痛みを共にすること』の意味を教えられました」
■地域に開かれたロータリーに
会社は4年半で奇跡的に累積赤字の解消に成功。現在、従業員127人の企業に発展した。給食援助資金は「社会連帯支援金制度」に名称を変え、従業員への「利益分配金制度」と共にいまも存続する。
八尾市の障害者作業所「信貴福祉会」、滋賀県能登川町の障害者施設「止揚学園」、三重県紀勢町の特別養護老人ホーム、札幌市の保育園、京都に本拠を置く「ベトナムの子ども達を支援する会」など8団体・施設に約20年から40年間、定期的な支援を続ける。
一方で、自身も社会福祉法人の理事長を務めるなどサポート役を担う。そんな山田さんがいま力を入れているのが、地域に開かれた「大阪平野ロータリー大学」の運営。地域の人と社会を取り巻く問題を共有することを目指す。
「個人の力でできることは個人で、大きなことはロータリーの力を借りて、困難に直面している人たちをこれからも支援していきたいと思っています」
【用語解説】大阪平野ロータリー大学
大阪平野ロータリークラブ(大阪市阿倍野区)が、職業奉仕の実践と地域貢献を掲げ、創立30周年記念として平成18年度から始めた取り組み。地元の市立長吉六反中学校や市立摂陽中学校などに会員の医師が出前講義をするほか、講師を招き、地域の人とともに教育や福祉、経済などについての講演を受ける。実施は春・秋の年2回。
次回は、11月19日午後1時45分から3時15分、天王寺区の天王寺都ホテル5階。講師は障害者施設「止揚学園」(滋賀県)の福井達雨(たつう)園長。参加費千円。問い合わせは大阪平野ロータリークラブ事務局(TEL06・6627・3813)。
※平成21年10月18日 産経新聞朝刊掲載
(2009年10月26日 08:00)
Category:変わるロータリークラブ「第2660地区」の元気人
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