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(18)大阪船場ロータリークラブ会員増強委員長 杉浦敬久さん

クリスマス会で自慢のバイオリン演奏を披露する杉浦さんオンリーワン戦略の“元祖”

 景気の冷え込みが続くなか、企業経営者の多くが口にする「オンリーワン」。大阪・船場で封筒の製造・販売を手がける杉浦敬久(よしひさ)さん(74)=大阪船場ロータリークラブ=は、昭和30年代後半から既にこのフレーズを使ってきた。会長を務める自身の会社はもちろん、ロータリーでもその精神を遺憾なく発揮する。

 ■ふるさと船場

 大阪船場ロータリークラブへの入会は平成10年。自身が生まれた船場への強い愛着からだった。

 「船場はいま、シャッター通りなど、不況の影響を受ける地域として取り上げられることが増えていますが、かつては日本経済の中心だった。次の世代が船場に生まれてよかった、船場に勤めてよかったと思える街に戻したい」

 そんな思いをまず形にしたのが、16年に船場地区の小・中学生を対象に募集した『100』にちなんだ作文コンクール。この年が国際ロータリークラブ創立100周年にあたることから、記念実行委員長として提案。「ピアノの発表会のために100回練習した」など、496通ものユニークな作文が寄せられ、大成功を収める。

 また、昨年は社会奉仕委員長として大阪船場クラブ独自の「20周年記念基金」を創設。船場で働く東南アジアの人たちの子供たちのために、グラウンドに雪を運ぶイベントなどを開いた船場地区の6つの小中学校や団体を表彰した。「郷愁にひたるだけでなく、未来の船場を輝かせる基盤をいま、つくらなくては」と力を込める。

 ■父のDNA

 亥年生まれの自身を「猪突(ちょとつ)猛進」型という。会社の経営を長男に託した9年前、大学の交響楽団の一員として学生時代に弾いていたバイオリンを再開した。それから間もない平成15年、楽団のOBが母校の学長に就任。その記念にOB交響楽団の結成を企画し、発起人となって奔走した。

 OB楽団員は現在約60人。「どうせやるなら」と、本格的にベートーベンやシベリウスの大曲に挑み、毎年秋のOB総会に合わせて開催する演奏会も第7回を数えるまでに発展させた。

 実行力の原点は、受け継いだ父のDNAへの誇りという。

 杉浦さんが生まれたのは昭和10年。その前年、西日本を襲った室戸台風で父の前妻と子供4人、父の母の6人が亡くなる。東京に出張していて父一人が生き残ったものの、最愛の家族を一度に失った憔悴(しょうすい)は想像を絶するものだった。

 「室戸台風がこなければ、わたしは生まれていなかったんです」

 そんな父に立ち直る力を与えたのが再婚した杉浦さんの母と、船場で生まれた杉浦さんだった。

 父の哀しみを共に背負いながら、父の希望として生きてきた。「父があの悲劇を乗り切ったのだからという思いが、どんな厳しい環境のときでもわたしを支えてくれます」

【用語解説】会員増強委員会 ロータリークラブでは、会員の補充と組織活性化を兼ねた会員の増強と拡大が、ガバナー(会長)の最重要課題となっている。新会員の勧誘や、退会防止、新クラブの結成の3つから増強を図っている。クラブが地域に根をおろし、地域住民の要望に応えるためには、適格な人物を会員に迎えることが重要で、委員会はクラブの職業分類表を検討し、補充すべき職業の適格者を理事会に積極的に推薦することが求められる。

※2009年11月29日付 産経新聞朝刊(大阪版)掲載

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