2010年1月15日
小正月に。
「1月15日」というといまだに「成人の日」というイメージがあります。
小正月までが松の内なのだから、
その区切りのよさから言っても成人式の日にふさわしいと思うのだけれど…。
それはさておき、
「1月15日」が成人の日となった最後の年、平成11(1999)年、僕は文化部の記者でした。
この月の28日の産経新聞夕刊文化面に短い文章を書きました。
以下にその全文を当時の表記のままに転載しますと…。
懐かしい本に出会った。…といっても新刊書なので、正確には文章に、というべきか。山口瞳さんの『君等の人生に乾盃だ!』(講談社)に収録された一文である。この本は、平成七年八月に肺がんで亡くなった山口さんのエッセーや作品の中の言葉を集めている。懐かしかったのは「君達は大金持だ!」と題された文章。昭和六十年一月十五日にサントリーの広告として新聞に掲載された。
「成人の日」に合わせた企画で、恒例だったことをご存じの方も多いはず。僕はその日、サンケイ新聞(当時)で、この広告のメッセージを読んでいた。「二十歳になった諸君は、七十歳まで生きられるとして、あと五十年の歳月がある。(中略)五十年間かかってやり遂(と)げられないことは何一つとしてない、と僕は考える。君達は実にリッチなのだ」というくだりに感銘を受け「五十年間かかって…」と何度も反すうした。
そのとき僕は大学四年生で新聞社への就職も決まっていた。二十二歳だったので二年は過ぎていたが、四十八年も五十年も同じようなもの。「やり遂げられられないことは何一つとしてない!はず」と僕も考えた。
あれから十四年…。ソ連には「旧」がつき、ベルリンの壁だけでなくバブル経済も崩壊した。そして、不況である。激動の時期に僕に何かやり遂げられる兆しくらいは芽生えたか。首を横に振りながら今一度、山口さんのメッセージを読み返す。すると、「ただし、条件がある」と書いている。「志(こころざし)がなければ駄目だ」という。僕は、自分のことはさておき、戦後五十年で奇跡的な成長を遂げた日本の「志」を考えた。(岡崎秀俊)
数えてみれば11年前の文章で、
まだ若々しい、というか未熟で恥ずかしい限り。
若々しさがなく未熟なままの現在の我が筆力に忸怩たる思いはありますが、
さて22歳のときからの50年間といえば、
ちょうど今が半分過ぎたところです。
山口さんがおっしゃるように、
「五十年間かかってやり遂げられないことは何一つとしてない」のならば、
残りの25年で何か一つくらいはやり遂げられるのではないか、
と思ったわけです。
大きく時代が変化しているまさに「大変な時代」だからこそ、
そのチャンスもあるはずです。
きょうも外部の方と新しいビジネスモデルに向けた“作戦会議”を開きました。
なかなか画期的な試み…のはずです。
物事は試行錯誤はつきもの、
成功は失敗の母。
この時代に悠長なことは言ってられませんが、
あと25年と考えると、
余裕はあるような気もします。
スピードを優先しながらも、
じっくりと腰をすえて見つめるべきものは見つめなければ。
奇跡的な成長を遂げた日本は、
「戦後50年」で一度、長寿を全うしたのかもしれません。
それから約15年間、僕らはそれに気づかなかっただけなのかも。
そう言う意味で、
新生・日本は現在15歳の青春真っただ中です。
成人式まであと5年もあります。
それこそ、
あと50年でできないことは何一つないはず。
もちろん「志」がなければならないのは当然です。
(2010年1月15日 18:28)
Category:[実験ブログ]“起業”を学ぶ
関連記事
2011.02.05
2012.01.09
2012.01.06
2012.01.06
2012.01.05
この記事と同じカテゴリの最新記事
2012.01.01
2011.12.31
2011.12.26
2011.12.14
2011.12.08


