産経関西(産経新聞大阪本社公式ニュースサイト)

彼っていったい何時代の人? (ルイス編その1)

味噌もケソも題字 パンよりご飯、お味噌汁が大好き、穏やかで物静か、約束や時間をきちんと守る、待ち合わせには早めに着くよう常に心がけている、控えめ、謙遜する、勤勉、闘牛やサッカーに熱狂しない、いろんなことに興味があり、海外にも積極的に出かけて行く、料理上手、シャツの胸元をはだけない、コロンをつけない、髪をテカテカになでつけない。

「マッチョ・イベリコ」なるスペイン人男性の一般的イメージをのっけから覆すのが、一番身近にいるルイス。日本の家族や友人たちが口をそろえて「日本人より日本人らしい」と言ってくれるが、本人は「なに人」というより「地球人」という感覚らしい。

 スペインにさほど関心や縁のない人が「スペイン」と聞いてまず思い浮かべるのは、まだまだ「フラメンコ」と「闘牛」のようだが、これはなにも日本人に限らず、同じ欧州内のほかの国の人たちだって、どっこいどっこいなのである。

赤ちゃんのときのルイス でもやっぱり、そうした「情熱の国スペイン!」とか、「バラをくわえたカルメン」「直情型のホセ」「女たらしのドン・フアン」といった「熱い、濃いスペイン人」のイメージとは違う、ごく身近な人々や日常の様子をぼちぼちとお伝えできたらいいな。

 さて、うちのルイスと話をしていると、時代感覚がときどき狂ってしまう。

 ルイスは生まれも育ちもマドリッドの下町だが、子供時代、毎夏を過ごしたのは両親の出身地、クエンカ県の小さな村はずれ。「野糞はあたりまえで、大きい葉っぱの草木なんてそもそもなく、生えているのは針みたいなやつばかりだから、なるべく丸っこい石を選んでおしりを拭いたもんだ」という話を初めて聞いたとき、訪日外国人はみんな虜になるというウォシュレットの国から来たわたしには、この人が原始人に思えた。

 中世ヨーロッパが舞台の映画などをいっしょに見ていて、「あんなふうに(場合によっては、まさにあそこで)暮らしたことがあるよ」とさらっと言うこともある。実際、映画のロケにも何度か使われたことがある中世からの有名なウクレス修道院で、10代の頃に寄宿生活をしたことがあるのだ。

 氷点下にもなる冬でも暖房ひとつないだだっ広い部屋に、百床ほどずらりと並ぶベッド。服や外套を着込んだ上から毛布をかけて寝ていたとか。

寝るときはパジャマ着用と規則で決まっているので、寒さ対策で夜は服の上からパジャマを着、日中は逆に下着の上にパジャマを着て、その上から服を着ていたらしい。氷まじりの水で歯磨きや洗面をし、お湯が出るシャワーは週に1度だけ、修道院内で飼っていた牛から搾りたての牛乳も、水で薄められたおいしくないものを飲まされていたとか。

 体罰は日常茶飯事、食事はおいしくない上に量が少なく、いつもおなかを空かせていた。そんな日々、なによりもうれしかったのは、バスで片道半日がかりの道を、もぎたてのリンゴやお菓子を持って、大好きなペドロおじいさんがときどき会いに来てくれたことだと言う。

 フランコ時代も知っている。フランコが亡くなったとき、ちょうど兵役義務中だったルイスは、葬儀で儀仗兵を務めた。

 いまも両親やきょうだいが数家族住んでいるマドリッドへ、わたしたちは夏とクリスマスには必ず帰省する。マドリッドの街を散策中、量り売りのワイン店とか、炭屋さんとか、もう廃業してしまったような店の前を通るたびに、「ここには子供のころよくおつかいに来たよ」と当時の様子を詳しく話してくれる。 

 日本でも昔はビンを持って醤油や酒を買いに行っていたことを、話としては知っていても実体験のないわたしにとって、こうした体験談はやはり新鮮だ。

 驚いたのは牛乳屋さん。首都の街中で牛を何頭も飼い、そこで搾った牛乳を売る店で、金属製の容器持参で毎日買いに行ったと言う。

 そんなさまざまな体験や、辛かったろうと思うようなことでも面白おかしい話にしてしまうあたり、話下手なわたしにはまねしたくても到底ムリだ。

 もうずいぶんいろいろな話を聞かされたので、ルイスの身の上についてはかなり知っているつもりだけど、「えっ、そんなこともしてたん?」「それはいったい、いつごろの話?」といまだに時々びっくりさせられる。

 新しい一面を常に小出しにして飽きさせない。これは、このスペインという国だけでなく、ルイスにも言えるかもしれない。マーケティングの基本、やな。(齋藤慎子)

【筆者略歴】齋藤慎子(さいとう・のりこ) 新潟県生まれで、おもに奈良県育ち。同志社大学文学部卒業後、大阪での広告会社勤務などを経て2003年からスペインのマラガ県在住。現在、ビジネス書や自己啓発書を中心とする翻訳のほか、“国際カップルよろず相談”に乗ることも多い。スペイン版江戸っ子であるマドリッ子「ルイス」の妻として主婦業も一応こなしている…つもり。

 主な訳書に『カオティクス』(フィリップ・コトラー、ジョン・A・キャスリオーネ共著、東洋経済新報社)、『ザ・コピーライティング』(ジョン・ケープルズ著、神田昌典監訳、依田卓巳共訳、ダイヤモンド社)、『マンデー・モーニング・リーダーシップ』(デビッド・コットレル著、東洋経済新報社)、『バルタザール・グラシアンの賢人の知恵』(バルタザール・グラシアン著、ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『究極のセールスレター』『究極のマーケティングプラン』(いずれもダン・ケネディ著、神田昌典監訳、東洋経済新報社)など。

前の記事:新連載「味噌もケソも... スペインなんやかんや」始まります »

後の記事:アンダルシアの奇跡?  »

ホーム