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大学15回生のベルナルド

「味噌もケソも」タイトルイメージ「アリガットー!」

 日本語の「おはよう」と「ありがとう」をごっちゃにして、いつも満面の笑みで挨拶してくれるベルナルド=写真=は、わたしたち夫婦が住んでいる集合住宅の「管理人さん」。スペイン語で「コンセルヘ」というが、これは日本でもホテルなどの職名でおなじみの「コンシェルジュ」というフランス語から来ている。元々は「守衛」や「門番」を意味することばである。

 どちらかといえばしょうゆ顔にスポーツ刈りのあっさり系ベルナルドは、生まれ育ったマラガ県を離れたのが義務兵役のときだけという地元密着型。6男1女の7人きょうだいの四男で、明るく穏和な性格はよろず係である「コンセルヘ」向きだと思うが、実際、本人もここでの仕事はとても気に入っているそうだ。

 ここはA・B・Cの3棟が、植え込みに囲まれた共同プールとオープンスペースをコの字形に囲んで並ぶ、全90世帯の集合住宅。その全域の清掃管理、保守修繕に、夏は毎日のプール掃除も加わる。ベルナルドはこうした仕事をひとりでせっせとこなしている。セメントやレンガなど重いものを持ち運びすることも多く、身長160センチほどながら、がっしりしている。

20100208DSC00388.JPG 共同スペースである各階通路の植え込みの剪定や水やりは仕事の一部だが、そうでない個人スペースのテラスにある植物の水やりなどもわが家はしてもらっているので、普段からお土産などちょっとしたプレゼントをしたり、見かけたらお茶を出して雑談したりしている。言葉の綾で「お茶を出す」と書いたけど、ここはスペイン。たいてい、搾りたてのオレンジジュースかコーヒーで、午後ならビールやワインのときもある。

 ベルナルドがこの仕事を始めたのは1991年、20歳のとき。義務兵役後に働いていたスーパーマーケットを土曜日に辞め、翌日、地元のダンスマラソンに参加し、24時間踊り続けて見事入賞、「ほんでそのまま一睡もせんと、月曜日にここで働き始めてん」と、にこにこしながらつい昨日のことのように話す。関西弁に訳しているのは、マラガ弁がわたしの耳にはそう聞こえるから。

 月曜から金曜の朝8時から午後3時まで働きながら夜間高校を出て、1995年に地元のマラガ大学に入学し、やはり夜間コースで法律を学んでいる。そう、15年たつけどまだ在籍中。年に1科目だけの受講でも、一切受講しない年があっても問題なく、放校されたりしないらしい。学費は受講分のみを払えばいいので、自分のふところ状況や家庭環境に応じて修了を目指せばいいという考え方で、わたしから見たら、いや、スペイン人の夫ルイスから見ても、かなりのんびりマイペースである。

 ベルナルドは戒律を守る敬虔なカトリック信者。スペイン人は基本的にカトリックが多いが、最近はミサに行かない人が増え、特に若い人たちの教会離れは歯止めがかからない。修道院体験があるルイスもその反動からか、教会という組織や権威にはそっぽを向いているし、周囲の友人知人でもミサに行くような人はほかに思い浮かばない。これほど敬虔な信者は身近でベルナルドだけなので、いつものように地元産無農薬オレンジの搾りたてジュースを出して話を聞いてみた。
 実はベルナルドも、昔から熱心な信者だったわけではないらしい。両親もカトリックだけどミサには行かないそうだ。

 回心したのは、2000年にある奇跡を体験したのがきっかけだった。もう助からないと言われていた親戚の女の子を集中治療室に見舞ったときのこと、その女の子のベッドの足元で病院付き司祭が祈りを捧げている最中、ベルナルドは自分の肩のとなりに丸く大きな光が見えるのに気づき、この子は絶対に助かると確信したという。その後女の子は容態がゆっくりと改善し、今では健康な成人になっている。

 それ以来ベルナルドは日曜日のミサには必ず出席し、地元の信心会に所属して、ボランティアほか教会のさまざまな啓蒙活動にも熱心だ。管理人の重労働で腰を痛めるまでは、毎年欠かさず、セマナ・サンタ(聖週間)で聖像の山車を担いで練り歩いていた。

 聖職者になろうと思ったことはないのかと尋ねると、実はかなり迷ったと言う。いろいろ考えた末、独身を通さなければならないカトリックの聖職者になるよりも、「父親という役割を人生で果たしたい」思いのほうが強く、10年以上つきあっていたミカエラと2003年に結婚。いまでは、4歳、それにまだ2カ月弱の2児の父親だ。

 そんなベルナルドがスペインで誇りに思うことは、キリスト教基盤の文化、多種多様な文化・歴史、そしてスペイン人そのもの、だそうだ。自分にとってもっとも大切なことを3つあげてと言うと、迷わず、家族、信仰、そして隣人と即答した。

 大切なことのひとつめ、ふたつめまではすぐに答えられても、3つめでぐらぐら揺れてしまうわたしのほうが、大学15回生のベルナルドよりよっぽどのんびり、いやぼんやりしているのかもしれない。(齋藤慎子)

【筆者略歴】齋藤慎子(さいとう・のりこ) 新潟県生まれで、おもに奈良県育ち。同志社大学文学部卒業後、大阪での広告会社勤務などを経て2003年からスペインのマラガ県在住。現在、ビジネス書や自己啓発書を中心とする翻訳のほか、“国際カップルよろず相談”に乗ることも多い。スペイン版江戸っ子であるマドリッ子「ルイス」の妻として主婦業も一応こなしている…つもり。

 主な訳書に『カオティクス』(フィリップ・コトラー、ジョン・A・キャスリオーネ共著、東洋経済新報社)、『ザ・コピーライティング』(ジョン・ケープルズ著、神田昌典監訳、依田卓巳共訳、ダイヤモンド社)、『マンデー・モーニング・リーダーシップ』(デビッド・コットレル著、東洋経済新報社)、『バルタザール・グラシアンの賢人の知恵』(バルタザール・グラシアン著、ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『究極のセールスレター』『究極のマーケティングプラン』(いずれもダン・ケネディ著、神田昌典監訳、東洋経済新報社)など。

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