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アンダルシアの奇跡?

100219DES00018G091224D.jpg パスポートの更新手続きをとったときのこと。スペインで更新するのは初めてだ。

 マドリッドの日本大使館領事部が、必要な手続きを電話で説明してくれる。こうした対応はやはり、日本人の得意とするところ。日本に住んでいるとつい当たり前だと思ってしまいがちだけど、こちらで暮らしていると、この丁寧さ、説明時の簡潔明瞭さ、正確さ、要は「きちんとしている」ことが、ものすごーくありがたく、感激する。深々とお辞儀をして受話器を置いた。

 数日後、領事部から送られてきた申請書類一式の中に、「パスポート用提出写真についてのお知らせ」という外務省旅券課からの案内が入っていて、これが笑えた。

 いやいや、笑いごとではない。顔写真の指定がいやに細かい。10年前に大阪で更新したときには、たしか天地左右のサイズ指定だけだったと記憶している。今回は天地左右どころか、頭のてっぺんからあごの先までが34ミリ、写真の天から頭のてっぺんまでが4ミリ、写真左端からあごの中心までが17ミリで、それぞれの許容誤差はなんと、プラスマイナス2ミリとあるではないか。「こんなミリ単位写真、このあたりで撮れるやろか」と不安になった。

 ここアンダルシアは、なにごとにつけ大雑把が身上である。細かいことをきちんとやっていた暁には、それこそもう「アンダルシア」ではなくなってしまう。

 案の定、領事部の担当者がわざわざ電話してこられ、心配そうな口調で念を押される。

「このとおり厳密に撮ってくださいね。その場できちんと測って確認したほうがいいですよ。スペインですから。大丈夫ですか、撮れそうですか?」

 ああ、こんなミリ単位の精密写真をスペインで撮るのは神業に近いということを、領事部もきっとよくわかっているのだ。サイズが指定外で受理できない例がごまんとあるにちがいない。

スペイン・マラガの白い村「ファラハン」 思うに日本では、小さい頃から細部をきちんとする訓練や機会が多い。折り紙がそのいい例で、紙の角と角、辺と辺をきちんと揃えて折らないと、きれいに仕上がらないことを自然に学ぶ。

 14年ほど前、マラガのある山村の小学校で各学年を回り、折り紙を教えたことがある。クラスの半数以上は角や辺をきちっと揃えられず、かなりずれていても気にしない、あるいは指摘するまで気づかない子供も多く、ちょっとした驚きだった。もちろん、きちんと上手に折れる子もいたが、クラスにひとりかふたりだった。

 話は飛ぶが、わたしは高校生のとき、一度だけ追試を課せられた経験がある。きゅうりを1、2ミリ厚の薄切りにする家庭科の実技試験で、許容誤差がやはり、1、2ミリ以内。30秒で何枚以上なら合格、というものだった。枚数は稼いだが、厚さが不揃いで不合格。夏休み明けの追試を言い渡された。結局、その夏に父の転勤で仙台へ転校したため、追試を受けないまま今にいたっている。

 わたしの「ミリ指定アレルギー」は案外、ここが根っこかもしれない。

 顔写真の件で不安になったわたしは、ルイスに相談した。

「このとおりに撮れへんかったら、申請、受けつけてもらわれへんかも。指定どおりに仕上がらへんかったらお金払わへん、って最初に釘さしてもええかな?」

「そんな無茶言ったらだめ。ここはスペイン、しかもアンダルシアだよ。そんな精密写真、日本へ行って撮って来れば」

 あほらし、とあきれ顔だ。

 祈るような気持ちで写真屋へ行き、店のお兄ちゃんにサイズ指定の紙を見せる。案の定、「大丈夫、大丈夫。パスポート用は天地左右のサイズが決まってるさかいな。しょっちゅう撮ってるがな」と、こともなげに言う。脱力したような物言いが、わたしには懐かしい関西弁のように聞こえる。

 ただし、こちらの「大丈夫、大丈夫」は、結果として安請け合いが多いから要注意。身にしみているわたしは念を押した。

「写真の天地左右だけちゃうねんて。ほら、こんなふうに、顔の天地は34ミリ、写真の左端からあごの中央までは17ミリ、誤差は2ミリ以内じゃないとあかんねん」

 相手の顔がみるみる曇ってきた。やっぱり。

「ま、やってみんとわからんなぁ」と、急にもぐもぐ口調になるお兄ちゃんに案内され、椅子に腰かけると、デジカメ手持ちで「ハイッ」。あっけなく撮影終了。精密写真やのに、ほんま適当。

 10分後、お兄ちゃんは出来上がった写真の天地左右を測りながら、「できたでー」。

 だからその寸法だけちゃうねんて、と心の中でつぶやきながら、ちょっと貸してと定規を取り上げ、自分で測り直す。お、合格。

「すごい、完璧やん! ちょっとでもサイズが違ってたら受けつけてもらわれへんから、大助かりやわあ」。スペイン人にはオーバー気味に伝えるくらいでちょうどいい。

 さっきまで不安顔だったお兄ちゃん、ほっとした顔でこう言った。

「そんな細かいこと言うのん、イギリス人とカナダ人だけやと思てたわ」

「え、ほんま? 日本人も結構細かいねんで」

 ミリどころかこっちはナノ、ピコの国やねんから。

 お兄ちゃんの頭にあるのは違うことだった。

「要はお役所仕事なんや。こうやって細かいルールつくって、しょうもない仕事増やしとるんや。おれらスペイン人は〈官僚〉のこと〈バカんりょう〉って呼んでるで」

 官僚や役人はスペイン語で burócrata(ブロクラタ)。この頭の「ブロ」の部分を、巻き舌の「ロ」のburro(ブーロ)に置き換え、burrocrata(ブーロクラタ)とする、ま、駄洒落である。

 「ブーロ」はロバのことで、バカ、まぬけの代名詞になっているが、ロバが相当きつい仕事も黙々とこなすところから、「働き者」という意味もある。日本ならこの後者のブーロも結構いると思うけど。

  とにかく、ミリ単位の精密写真が奇跡的に撮れたし、駄洒落もひとつ覚えられたし、不安転じて上機嫌のひとときだった。(齋藤慎子)

 「ケソ」とはスペイン語でチーズのこと。「味噌とケソ。音の響きもさることながら、発酵食品どうし、これがなかなか相性よし。毎日、和西折衷ごはんを食べて暮らしている日本人とスペイン人カップルの日常の断片を、アンダルシア的に(不定期に、のほほんとマイペースで)お届けする予定。味噌やケソのように熟成できるかどうか、乞うご期待?!」(齋藤さん

【筆者略歴】齋藤慎子(さいとう・のりこ) 新潟県生まれで、おもに奈良県育ち。同志社大学文学部卒業後、大阪での広告会社勤務などを経て2003年からスペインのマラガ県在住。現在、ビジネス書や自己啓発書を中心とする翻訳のほか、“国際カップルよろず相談”に乗ることも多い。スペイン版江戸っ子であるマドリッ子「ルイス」の妻として主婦業も一応こなしている…つもり。

 主な訳書に『カオティクス』(フィリップ・コトラー、ジョン・A・キャスリオーネ共著、東洋経済新報社)、『ザ・コピーライティング』(ジョン・ケープルズ著、神田昌典監訳、依田卓巳共訳、ダイヤモンド社)、『マンデー・モーニング・リーダーシップ』(デビッド・コットレル著、東洋経済新報社)、『バルタザール・グラシアンの賢人の知恵』(バルタザール・グラシアン著、ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『究極のセールスレター』『究極のマーケティングプラン』(いずれもダン・ケネディ著、神田昌典監訳、東洋経済新報社)など。

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