2010年3月17日
■28■豊中-大阪国際空港ロータリークラブ広報・雑誌担当 渡邉源治さん(64)
フルマラソン300回超の鉄人
平成10年12月13日、ハワイのホノルルマラソンで初めて42・195キロを走った。その年の夏、病気の親類をハワイに見舞ったとき、親類のなかに80歳でホノルルマラソンを完走した人がいると聞き、その気になった。ハワイは妻・エミ子さん(62)の故郷。軽い気持ちのエントリーだった。
しかし当日、10キロ付近で足が止まった。完走したもののタイムは7時間1分7秒。ゴール後は動くこともできず、回復に2週間かかった。「二度と嫌だと思いましたが、日がたつにつれ来年は、きちんとトレーニングを積もうと…」
毎日5キロのトレーニングを積んで挑戦した翌年は、6時間13秒で完走。3年目に4時間台を出しマラソン熱が上がった。
そしてその熱を“マラソン病”に変えたのが、13年11月に走ったニューヨークシティマラソン。同年9月に起きた同時多発テロのわずか2カ月後、開催さえ危ぶまれたなか、応援の人波からわき上がる「テロに負けない」というアメリカの熱気に、涙があふれた。
その後はマラソン専門誌で大会を探し、各地のフルマラソンに出場。アマチュアランナー垂涎(すいぜん)の3時間台も記録。「生涯にフルマラソン100回完走を目指そう」を掲げる「フル百回楽走会」(事務局・神奈川県)に入会し、初マラソンから6年5カ月と16日で完走100回を達成した。
「100回走ったら、次は200回でしょ」。101回から200回までは、2年1カ月と3日。さらに、300回を目指す間に、山口萩往還250キロや壱岐ウルトラ100キロなどの“フル超え”に挑戦。エミ子さんから「いい加減にして」としかられた。
300回の達成は昨年9月20日のマウイマラソン。「娘が早々と記念の横断幕を用意してくれたので、間に合わせるために3カ月で11回フルマラソンを走りました」と苦笑する。
また、昨年は四国・高知の「四万十川ウルトラマラソン」で、同地にある中村ロータリークラブの佐竹義典会長と60キロを同走。手をつないでゴールした。
「中村ロータリークラブは、このマラソンで完走できなかった人に残念タオルを贈り、とても喜ばれています。2660地区でもこうした企画をやりたいですね」
【写真説明】完走記念メダルを手に「この病気(マラソン好き)は治りませんわ」と話す渡邉さん=大阪市北区
※2010年3月10日付産経新聞朝刊(大阪版)掲載
(2010年3月17日 05:00)
Category:変わるロータリークラブ「第2660地区」の元気人, 当番のオススメ
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