2010年3月31日
■29■大阪うつぼロータリークラブ元会長 木下明之さん(75)
69歳から2度 甲子園へ
高校球児あこがれの甲子園球場(兵庫県西宮市)のグラウンドに69歳で立った。平成17年に開かれた第23回全国ロータリークラブ野球大会。第2660地区のリーグ戦を勝ち抜き2位で、全国大会への出場権を得た。
「上位2チームが出場できるのですが、2660地区は八尾東が圧倒的に強く、あと1枠は激戦。甲子園の土を踏んだときは、ロータリークラブに入って本当に良かったと思いました」
4代続く医師の家系。父は中国・天津で開業していた。しかし、終戦翌年の昭和21年、わずかな荷物を手に、家族で引き揚げ船に乗った。小学校6年生だった。山口県の仙崎港に着き、父の縁で富山に移り住む。
運動は得意だった。小学校時代、身長が170センチ近くまで伸び、リレーのアンカーを務めたのに加え、その体の大きさを見こまれ相撲大会にもかり出された。野球に打ち込んだのは中学、高校時代。ピッチャーで4番。しかし、甲子園は遠かった。その後、大学ではバレーボール、医師になってからはテニス、また53歳からは少林寺拳法を始めた。
ロータリークラブへの入会は、昭和56年。大阪うつぼロータリークラブが設立されることになり、親類に勧められるままにチャーターメンバーになった。
「ただ、当時は野球大会のことは全く知らなくて、さまざまな業種の人の話が聞けるのを楽しみに例会に出ていました」
木下さんが再び野球に燃えるのは、その6年後。元阪神タイガースの田淵幸一さんや元広島カープの山本浩二さんらと同じ法政大学の野球部出身で、大阪市内で繊維関係の会社を経営する池田周弘さんが入会。クラブ内での野球同好会の立ち上げを説得し続け、平成9年に宿願を果たした。
「9月から2660地区のリーグ戦が始まりますが、8月になるとメンバーの会社のグラウンドを借りて月2回、練習に集まるんです」と喜々として話す。甲子園の土を踏んだのは都合2度。「75歳になったらさすがに足をあらおうと思って」と選手としては引退、現在は総監督としてチームの指揮を執る。
しかし、運動をしなければ体調が悪くなると、一時、中断していた少林寺拳法を去年から再開した。「いま三段なんですが、今年は四段を目指したい」
【写真説明】全国ロータリークラブ野球大会で2度にわたって甲子園の土を踏んだ木下さん。「体を動かしていないと調子が悪い」と話す=大阪市中央区
(2010年3月31日 05:00)
Category:変わるロータリークラブ「第2660地区」の元気人
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