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スペイン版「お茶漬け」といえば‥‥‥

味噌もケソも…タイトル 旅行から帰って来た晩や、料理をする気分になれないとき、なにか軽いもので手早く済ませたいとき、日本人ならお茶漬けをさらっと食べるような状況でスペイン人がぺろっと食べるもの。それは、「ウエボス・フリートス」とパン。

 たっぷりのオリーブオイルで卵を揚げるように料理するから、目玉焼きというよりは目玉揚げといった感じのウエボス・フリートス。白身のふちはかりっと香ばしく、黄身はどろりとマグマ状に仕上げるのが一番。そのオレンジ色の黄身マグマに、パンをちぎっては浸し、ちぎっては浸して口に入れているうちに、なんとも言えず、胃袋がほっこりする。「ああ、わが家に帰って来た」という幸福感が胃のあたりからじんわりと湧き上がってくるのも、お茶漬け効果と似ている。

 スペイン人の多くが究極のごちそうと呼ぶウエボス・フリートスは、いわば国民的伝統料理である。

ウエボス・フリートス スペインの代表的画家ベラスケスが1618年頃に描いた、『卵を料理する老婆と少年』という絵がある。この絵の原題を直訳すると、「卵を揚げているおばあさん」、つまり、おばあさんが「ウエボス・フリートス」を作っているところを描いたものだ。台の上にはモルテロ(日本語のすり鉢と言うよりも、砕き鉢という感じ)やニンニクも描かれている。軽くつぶしたニンニクで香りづけした熱々のオリーブオイルで揚げるやり方は、400年近く前もいまとまったく同じだったことが想像できる。

 奇抜な創作スペイン料理で知られているフェラン・アドリア氏も一時、「最高のウエボス・フリートス」作りを熱心に研究していた時期があり、すべてを絶妙な状態に仕上げる難しさを語っていた。材料も作り方もシンプルなだけに、奥が深いということだろうか。

 ウエボス・フリートスはルイスにとっても、子供の頃の思い出がいっぱいつまった、特別な一品のようである。

 ルイスは物心ついてから15歳くらいまでほぼ毎夏、クエンカ県のペドロおじいさんのところで過ごした。日中はずっと野外で、おじいさんの畑仕事を手伝ったり、ヤギと羊の世話をしたり、木陰で本を読んだり。お昼はお弁当だ。一日中おじいさんといっしょにいて、いろんな話を聞くのがなによりも楽しかったそうだ。

 そして、晩ご飯がたいてい、ウエボス・フリートスとパンだった。晩ご飯といっても、夜10時を過ぎてから軽く食べるものだから、日本風に言えば、夜食に近い。

 卵は家の裏のニワトリ小屋から調達。当時はニワトリ小屋が「はばかり」を兼ねていたから、まさに究極のリサイクル、エコ生活である。油断していると、攻撃的な雄鶏がすぐにやって来て、お尻をつつく。小さいときはさすがにちょっと怖かったそうだ。小屋のなるべく隅っこで、敵には決して背中ならぬお尻を向けないようにして済ませるのがコツだとか。

 中世から時間が止まったままのようなこの家に、台所にあたる部屋はない。真夏でも居間の暖炉に火をおこして料理を作る。その火を囲んで、ウエボス・フリートスにパンを浸しながら、ペドロおじいさんは自分の若い頃の話、特に、自分も戦ったスペイン内戦の話をよくしていたという。

 おじいさんの家では、ウエボス・フリートスにワイン酢と塩をかけて食べていた。ルイスはいまでも必ずそうやって食べる。わたしは醤油をちょろっと垂らすのが好きで、おいしいからかけてごらん、とルイスにも勧めるのだが、こればっかりは酢と塩じゃないとだめだそうだ。思い出いっぱいのなつかしい味にはかなわない。そういうわたしも、食べ慣れた醤油味から離れがたく、酢と塩はまだ試したことがないのだが。(齋藤慎子)

 「ケソ」とはスペイン語でチーズのこと。「味噌とケソ。音の響きもさることながら、発酵食品どうし、これがなかなか相性よし。毎日、和西折衷ごはんを食べて暮らしている日本人とスペイン人カップルの日常の断片を、アンダルシア的に(不定期に、のほほんとマイペースで)お届けする予定。味噌やケソのように熟成できるかどうか、乞うご期待?!」(齋藤さん)

【筆者略歴】齋藤慎子(さいとう・のりこ) 新潟県生まれで、おもに奈良県育ち。同志社大学文学部卒業後、大阪での広告会社勤務などを経て2003年からスペインのマラガ県在住。現在、ビジネス書や自己啓発書を中心とする翻訳のほか、“国際カップルよろず相談”に乗ることも多い。スペイン版江戸っ子であるマドリッ子「ルイス」の妻として主婦業も一応こなしている…つもり。

 主な訳書に『カオティクス』(フィリップ・コトラー、ジョン・A・キャスリオーネ共著、東洋経済新報社)、『ザ・コピーライティング』(ジョン・ケープルズ著、神田昌典監訳、依田卓巳共訳、ダイヤモンド社)、『マンデー・モーニング・リーダーシップ』(デビッド・コットレル著、東洋経済新報社)、『バルタザール・グラシアンの賢人の知恵』(バルタザール・グラシアン著、ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『究極のセールスレター』『究極のマーケティングプラン』(いずれもダン・ケネディ著、神田昌典監訳、東洋経済新報社)など。

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