2010年5月12日
ただいま「マ・オ・メノ」修行中
ルイスは「だいたい」さんである。「いい加減」さんと言ってもいい。性格ではなく、姓の話である。
モラレス(Morales)という姓は「桑」の複数形だから、日本風に言えば、桑木さん、桑林さんあたりだろうか。
ところが、この姓を英語話者が発音すると、「モーラレス」、しかも、まんなかの「ラ」を英語式のRで発音するので、「モーウァレス(more or less)」 に聞こえてしまう。つまり日本語に訳せば「だいたい」。そこから、ルイスは英語話者に向かって自己紹介するときには先回りして、「わたしは、だいたいルイスです」と言って笑いをとっている。
また、「加減」という漢字はまさに「more or less」。「桑林ルイス」よりも「いい加減ルイス」「だいたいルイス」のほうがなんだかおもしろい。
この「だいたい」とか「いい加減」は、実はわたしにとって重要なキーワードである。ひょっとしたらこれを学ぶために、この世に生まれてきたのではないかと思うくらいだ。日本で「だいたい」の学習進度があまりはかばかしくなかったので、ショック療法として神さまがわたしをスペインに送り込んだのかもしれない。
「だいたい」はスペイン語で「マス・オ・メノス(mas o menos)」と言うが、これを耳にしない日はない、と言ってもどこからも文句は出ないだろう。スーパーや個人商店で、郵便局で、市役所で、電車で、テレビで、いつでもどこでもだれかが「マス・オ・メノス」と言っているのだから。食料品を買うときのグラム単位、約束の時間、道案内するときの距離の目安や方向、さまざまな寸法、知り合いの出身地にいたるまで、「だいたい」のオンパレードである。
しかも、マラガ弁、というかアンダルシア弁ではSの音が消えて「マ・オ・メノ」とこれまただいたいの発音になるから、「だいたい」度もさらにパワーアップする。
「だいたい」が活躍するのはなんといっても料理のレシピ。分量なんて書いてないほうが普通で、オリーブオイルを「ちょろっ」と垂らす、レンズ豆を「ふたつかみほど」入れる、という指示なのだ。ちょろっとは容器の注ぎ口の大きさによるだろうし、ルイスの手とわたしの手とでは、つかめる量が3倍もちがう。
そもそも、あらゆることが「だいたい」で動いている中で、ひとりだけ「きっちり」を通そうとしても無理。がんばればがんばるほど角がたつだけで、事態は前に進むどころか、かえって悪くなる場合の方が多い。これはルイスに教えてもらった、スペインで上手に生きていくための知恵である。「だいたい」には「だいたい」で対処するのが結局は近道、ということらしい。
ただし、理論はわかっていても、実践はわたしにはまだまだ難しい。実際に、「だいたい」を振りかざす相手にわたしではらちがあかないところを、ルイスは「だいたい」をうまく逆手にとって、こちらの望みを達成してくれたことが何度となくある。
そんなわけで、「スペインにも人が住んではる」という母伝授のおまじないを右手に、この「だいたい(マ・オ・メノ)」の呪文を左手に、スペインで日々修行中である。
どうかいい塩梅に使いこなせるようになりますように。(齋藤慎子)
★ 「ケソ」とはスペイン語でチーズのこと。「味噌とケソ。音の響きもさることながら、発酵食品どうし、これがなかなか相性よし。毎日、和西折衷ごはんを食べて暮らしている日本人とスペイン人カップルの日常の断片を、アンダルシア的に(不定期に、のほほんとマイペースで)お届けする予定。味噌やケソのように熟成できるかどうか、乞うご期待?!」(齋藤さん)
【筆者略歴】齋藤慎子(さいとう・のりこ) 新潟県生まれで、おもに奈良県育ち。同志社大学文学部卒業後、大阪での広告会社勤務などを経て2003年からスペインのマラガ県在住。現在、ビジネス書や自己啓発書を中心とする翻訳のほか、“国際カップルよろず相談”に乗ることも多い。スペイン版江戸っ子であるマドリッ子「ルイス」の妻として主婦業も一応こなしている…つもり。
主な訳書に『カオティクス』(フィリップ・コトラー、ジョン・A・キャスリオーネ共著、東洋経済新報社)、『ザ・コピーライティング』(ジョン・ケープルズ著、神田昌典監訳、依田卓巳共訳、ダイヤモンド社)、『マンデー・モーニング・リーダーシップ』(デビッド・コットレル著、東洋経済新報社)、『バルタザール・グラシアンの賢人の知恵』(バルタザール・グラシアン著、ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『究極のセールスレター』『究極のマーケティングプラン』(いずれもダン・ケネディ著、神田昌典監訳、東洋経済新報社)など。
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(2010年5月12日 16:59)
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