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【ウオーキングナビ】ミステリアス「巨大な鍵穴」仁徳天皇陵

 ◆3天皇陵めぐり 古墳三昧2万歩コース

 小学生、それとも中学生だったか。今から30年以上も前、社会の教科書に載っていた「巨大な鍵穴」(前方後円墳)にくぎづけとなった。ピラミッドに通じる不可思議さを漂わせた墳墓、それが「仁徳(にんとく)天皇陵」だった。振り返ればこの時から、大阪を散策するならまずこの地と決めていた…ような気がする。五月晴れに恵まれた土曜日、こじつけのような気持ちを奮い立たせ、1500年以上も前、河内王朝が花開いた大阪府堺市に向かった。 (松田則章)

 ■てくてくロード

 JR堺市駅から反正(はんぜい)、仁徳、履中(りちゅう)の3天皇陵(百舌鳥(もず)耳原三陵というそうだ)をめぐり、他の中小古墳に立ち寄る古墳三昧(ざんまい)のコースを選んだ。

 堺市駅から西へ進んだ。交通量の多い道路を進み10分余りで、方違神社へ。「かたたがえ」ではなく「ほうちがい」と読む。社伝によると、紀元前90年ごろの創建といい、この地の歴史の古さを改めて実感。三陵への期待が膨らむ。

 ここからは南に転進し、住宅街を抜けるルート。道に迷いそうになりながら、路面に張ってある「てくてくロード」の案内タイルをたどった。

 家並みの中に、一辺10メートルほどの「天王古墳」「鈴山古墳」など規模の小さい古墳が点在。天皇陵の「陪塚(ばいちょう)」という。一帯にはかつて大小100基以上の古墳があり、今も47基が残っているそうだ。

 最初の目的地、反正天皇陵は住宅街の中にあった。静かだ。遠くで響く自動車音が、風に揺れる樹木のざわめきと小鳥のさえずりに消される。

 体と心を少し静めて、再び出発。ケヤキ並木を南下し府道の歩道橋に上ると、こんもりとした墳丘の森と濠(ほり)が見えてきた。いよいよ仁徳天皇陵だ。

 ■くびれはどこだ

 「後円」部から「前方」部へ向けて、西側の濠沿いに遊歩道を進んだ。前方と後円の境目のくびれはどこ?と目をこらして歩いたが、結局分からなかった。それもそのはず。あとで知ったことだが、陵には三重の濠がめぐらされており、遊歩道からくびれ部分は見えないのだ。

 グルッと左旋回して古墳正面に到達。玉砂利が敷きつめられた拝所は清浄感に包まれていた。しかも広い。いくつか訪れた奈良の古墳と比べると、圧倒的なスケールだ。

 近くの観光案内所に、黄色いウインドブレーカーを着たボランティアガイドが数人。その中の女性にいろいろ質問すると、興味深いことを教えてくれた。

 「墳丘の樹木は原生林じゃないの。明治時代には、ササが茂っていたらしいですよ」

 そう言って当時の写真が載った冊子まで見せてくれた。観光地はこうした人たちに支えられている。

 ■お勧めは御廟山古墳

 気づくと、ここまでですでにスタートから2時間がたっていた。ピッチを上げ、広大な大仙公園を縦断。履中天皇陵から、いたすけ、御廟(ごびょう)山…と古墳をたどり、最後はニサンザイ古墳へ。1日で10余りの古墳を見た。ちなみに個人的にお勧めは御廟山古墳。大き過ぎず小さ過ぎず手ごろな大きさで、古墳の形が分かりやすかった。

 ゴールまでは約2万歩、約4時間半かかった。地図では約3時間のコースと紹介されているから、かなりゆっくり目の歩み。30年越しの悲願を果たしたが、時間があればもっと楽しめたはず。「鍵穴」にはミステリアスな魅力が満杯なのだ。

 【データ】ウオーキングした日=5月15日▽区間=JR・堺市駅〜仁徳天皇陵〜南海・中百舌鳥駅▽距離=約11キロ

 【メモ】仁徳天皇は第16代(履中天皇17代、反正天皇18代)。仁徳陵は全長約486メートル、高さ約35メートル。三重の濠がめぐらされている。クフ王のピラミッド、始皇帝陵と並び世界三大墳墓とされる

 【その他】コースマップは堺観光コンベンション協会のホームページからダウンロード(堺観光モデルコース、堺eco観光古代編)できる。大仙公園内には日本庭園、堺市博物館、堺市茶室伸庵・黄梅庵などがある。

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