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■37■大阪北梅田ロータリークラブガバナー補佐エレクト 山田崇雄さん(71)

デザイン一筋の人生を歩む山田さん。交番(KOBAN)のサインも作品の一つだ デザインで社会奉仕を

 日本を代表するグラフィックデザイナーの一人。ピンク、ブルー、オレンジ、緑、黄色…。色違いで印刷した自身のデザイン会社の名刺を、トランプのように広げて「お好きな色を、どうぞ」と、切り出すのが最初のあいさつ。

 「でも、この名刺は会長である私だけの特権なんですよ」と、ほほえむ。

 商業美術家の先駆けだった父の遺伝子を継ぎ、大阪市立工芸高校、阪急百貨店宣伝部、昭和期を代表するグラフィックデザイナー・早川良雄デザイン事務所を経て昭和46年独立と、デザイン一筋の人生を歩む。

 ポスターだけで千枚以上を制作したという山田さんの作品の中には、ニューヨーク近代美術館(MoMA)で永久保存となった竹中工務店の企業イメージポスター「Takenaka」や、警察官が腰をかがめて子供の話を聞く姿をデザインした交番(KOBAN)のサイン、なんばCITYのキャンペーン広告など、大阪人なら一度は見たことのあるデザインがずらりと並ぶ。

 デザイナーの役割は“フレーム”が、信条。「企業や商品と顧客の接点を作るため、環境になじませ、価値づけをし、そのものを際だたせるのが仕事。フレームの存在が際立つのは、違います」

 ロータリークラブへの入会は32年前、その前に所属していた青年会議所を卒業して、「次に進む団体」として違和感なく会員になった。

 「熱心なロータリアン(会員)ではありませんが、阪神淡路大震災のときは、デザイナーという職業を通しての社会奉仕を、社員とともに一丸となってやりました」

 芦屋の本社が地震の直撃を受け半壊。大阪市内で仮営業を続けるなか、芦屋を元気づけたいと「Ashiya We Love」のピンバッジとポスターを自主制作。

 社員全員で芦屋の街をめぐり、崩れずに残っていた壁にポスターを張り、被災者にピンバッジを手渡して、ともに再起を誓い合った。

 「人の心に響くものでなければ、デザインは機能しない。ロータリークラブの『歯車』のマークも、その視点で国際ロータリーのレベルから考察し直せば、市民の理解をもっと広げていけるのでは」と、デザイナーならではのクラブの活性化策を口にした。

【写真説明】デザイン一筋の人生を歩む山田さん。交番(KOBAN)のサインも作品の一つだ

※2010年5月25日産経新聞朝刊(大阪版)掲載

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