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【ウオーキングナビ】石上神宮−大神神社 山の辺の道を歩く

 ◆原初の日本 体感する古道

 奈良・山の辺の道(山辺の道)は、原初の日本のおもかげを伝える古道である。歩を進めれば、なつかしい日本のたたずまいがそこかしこに広がる。じつは筆者はプライベートで、4月から5月にかけて3度、この古道を歩いた。ところが、遺跡を丹念に見て回ったためと自分では思っているが、JR桜井線の一駅ぶんを歩いただけで疲れて帰路に。今回、目標区間の踏破を試みた。 (河村直哉)

  ◆豊かな歴史、なつかしい原風景

 記紀にもみえる古代の山の辺の道が現在のどこに該当するか、細かい議論はあるらしい。ここでは、この道の表記も含め「奈良県ならの魅力創造課歩く奈良推進グループ」が地元自治体と作成したルートに準拠する。奈良市−奈良県桜井市間の道で、天理駅あたりを境に北と南の道に分けている。有名なのは南の道。桜井線と平行するように山すそを縫う。今回は奈良県天理市・石上(いそのかみ)神宮−桜井市・大神(おおみわ)神社間を目標とした。

 さかのぼって4月下旬、三輪駅に降りた筆者。石上神宮を目指したが古道を一駅ぶん歩いて足が棒になり、巻向駅から帰りの列車に。次は巻向駅で下車、また音をあげて柳本駅で乗車。3度目は柳本駅下車、長柄駅乗車。まるで小咄(こばなし)である。古墳の周囲をぐるりと歩くなど、熱心な“学徒”に徹したためと勝手に思っているが、運動不足もあったのかも。あるとき石上神宮の森正光(まさてる)宮司にこの話をすると、あきれられた。

 「ゆっくり見ても1日でじゅうぶんです。石上神宮−大神神社間なら4時間ほどで歩かれる方もいます」

 で、今回は石上神宮を起点とした。早々にへばっても次は長柄駅。少々こじつけだが、4、5月と合わせれば天理−三輪駅間の道は歩いたことになる。

 午前8時に石上神宮着。森宮司に偶然会い、励まされた。宮司によると石上神宮は大和王権の神宝や武器を保管する役割があったといい、境内の禁足地からは古墳時代の玉類などが出土している。濃淡を重ねた社叢(しゃそう)が作る木暗がりは、太古への連なりを想像させる。

 山あいの道となり野の道となり、木の香り、鳥のさえずりに心身が洗われる。里は田植えの最中。ところどころ野菜の無人販売所があって、季節の実りが置かれている。ことさらに遺跡探訪を意図しなくても、道行きに開ける光景は、歴史を豊かに含んだ日本の原風景といってよい。

 2時間ほどで無料休憩所の天理市トレイルセンターに到着、ひと休み。大量の鏡が出土した黒塚古墳の石室模型などが展示されている。JR柳本方面に行けば同市立黒塚古墳展示館もあるが、筆者は以前見ているので再び古道を歩く。

 崇神・景行天皇陵を過ぎて天理と桜井の境にさしかかったあたり、早苗の揺れる田の向こうに三輪山がのぞめ、美しい。本殿を有さず、三輪山そのものを神体山とするのが目的地の大神神社だが、その摂社の桧原(ひばら)神社にも参拝しておきたい。独特の三ツ鳥居の向こうに榊(さかき)の緑が夏の日差しを弾いている。大神神社とともに原始宗教の色合いを残し、すがすがしい。

 やがて木立が頭上にかぶさった森の道となる。葉むらをくぐった光がまだらに落ちた道はしんとして、涼しい。午後0時半、大神神社到着。

 手続きをすれば三輪山にも登拝できる。筆者は3年前に登った。神の御座所である磐座(いわくら)があちこちに露頭し、畏怖(いふ)を覚える山である。古道を歩き、古社に参拝すれば、おのずとこの国への敬慕の念が募るだろう。選挙戦のさなかだが、いずれ政治家もこの道を歩くことをすすめたい。

 「日本人の原点は大和で培われたものと思います。歩いて、地に触れていただきたい」(森宮司)

 結局、小休止をはさんで所要時間は4時間半ほど。まだ衰えていないなとほくそ笑んでいたら、翌日、なぜか左手中指の関節がはれ上がった。筆者は痛風持ちである。原因は特定できていないが、医師によると、急な運動をすると痛風の痛みが出ることがある、とのことであった。

 【メモ】ルートマップは奈良県のウオーキングポータルサイト「歩く・なら」からダウンロードできる。山の辺の道をはじめさまざまな推奨ルートが紹介されている。「歩く・なら」と連携した書籍「奈良さわやかさんぽ」(山と渓谷社、1680円)も3月に発売された。

 【データ】ウオーキングした日=6月12日▽区間=石上神宮〜大神神社▽距離=約11キロ

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