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【女性ががんになるとき】<子宮頸がん>患者目線の医師に出会えて 堀田貴予さん

入院していた病院の屋上からみた風景

 いつもそんなに大きくずれないで生理が来ていたのに、ある日を境に不正出血があったり、下腹部に軽い生理痛のような痛みがあるようなないような、そんな日が続き、とうとう不正出血が止まらなくなりました。これが始まりでした。

 最初、生理不順だと思って特別気にすることもなかったのですが、さすがに不安になってきました。しかしそんな重大なことだとは思わず、のんびりと調べて近所でよさそうな婦人科を受診したのです。診察してすぐ、院長先生に呼ばれてその場で告知されました。

 後になって分かったのですが、通常はその場で告知はしません。細胞検査の結果が出る1週間後とか10日後になって初めて告知されるケースが多いのです。当然、検査結果待ちの間は、不安で仕方がない日々を送らざるを得ません。さらには転院先の病院を自分で決めてくれと言い、医師が何のアドバイスをしないケースも多いのです。私は最初の不安な期間が2秒で済んだことにとても感謝をしています。

 そう、私はツイていたのです。がんだといわれてツイているとは何だか変ですが、告知の直後、先生は「ボクがチーム医療としてみた場合、現在の婦人科ではA病院かB病院が一番いいと思う。これ以外のところももちろん紹介状書きますが、どうしますか?」と聞いてくれたのです。ラッキーなことにB病院はうち近所!さらに、その場で標準的な治療方法なども教えてくれました。今になって思います。あの先生は患者目線で私にアドバイスをし、元気づけてくれていたのです。
 

退院して買った時計。がんサバイバーとしての私のときを刻む

 入院は年末年始だったので、クリスマスは麻酔で爆睡している間に過ぎ、大晦日の晩御飯で早くも年越しそばが出て、元日はレトルトから出したの?というおせちらしきものが皿に乗っており、それを食すという、貴重な体験をしました。起き抜け看護師さんに「あけましておめでとう」を言ったのも、人生で最初。正月に酒を飲まなかったのも成人初! 人生最後の経験にしたいものです。

 振り返ってみれば、日々良くなっていく手術の傷の治療は楽でした。抗がん剤の治療のは、特に嗅覚異常がキツイと感じました。水道水ですら下水のニオイがするのです。犬も真っ青ですよ。世の中はこんなにも臭いとへこんでいるのに、香水をつけた見舞い客。例外なく吐きました。

 がんは再発しなかったものの、足のリンパ浮腫を発症し、現在は弾性ストッキングという足のサポーターをつけて生活することを余儀なくされていますが、がんがきっかけで、インターネットを通じて全国に友達ができたことは宝です。どんなに最悪な状況でも、必ずひとつ位はいいことがある。そう思っています。

 最後に、もっともっと養子縁組の環境が整うことを切に希望します。現在、日本全体で「肉の遺伝子」に執着しすぎるように思います。自分の考えや哲学といった「心の遺伝子」を次世代の子供たちに残すことを大切にしてほしい。実の親が育てられない子供がどれほどたくさんいるか、もっと目を向けて欲しい。

【プロフィル】堀田貴予 名古屋市在住。40歳。猫4匹とくらす。平成16年11月に子宮頸がん(扁平上皮がん、ステージⅡa)の告知を受け、同12月、広汎子宮摘出手術(子宮・卵巣だけでなく、骨盤内リンパ節等、広い範囲で臓器を摘出する手術のこと)。趣味は猫とダラダラする、観葉植物の世話、神社めぐり。

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