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【夢よ もう一度 2022年招致】(3)森島寛晃氏に聞く

子供たちに大きな夢を

 日本代表MFとして1998年、2002年W杯に連続出場し、現在はC大阪アンバサダーとしてサッカーの普及や広報活動に尽力している森島寛晃氏(38)に、W杯日本招致への思いを聞いた。 (聞き手・堀健二)

 --日本で再び開催することの意味は

 「僕も02年大会で実際に日本でプレーしたのですが、盛り上がりはすごかった。未来のJリーガーや代表になっていく子供たちが生のプレーを見ると目標も大きくなる。影響力は計り知れないと思いますし、その意義をイベントなどで話しています。世界が楽しめるというコンセプトがあり、その上で日本のすばらしさを世界に伝える機会になるはずです」

 --やはりW杯は特別なものですか

 「一番思い出に残っているのは、アルゼンチンが優勝した86年のメキシコ大会。練習に行くと、自分も周囲もみんながマラドーナになっていた。テレビでもそれほど影響力があったのに、開催する雰囲気を味わうだけでも、子供たちの夢が違ってくる。何より日本が元気になると思います」

 --大阪・梅田の「エコスタジアム」が開幕と決勝戦の舞台として候補に挙がっています

 「もともとサッカーは関東が中心みたいなところがありましたが、堺にナショナル・トレセンもできたし、さらに関西のサッカー文化を築いていけるのでは。野球でも関西には熱いファンが多いし、大阪だとより盛り上がるでしょう」

 --最先端技術を駆使したものが、日本の招致コンセプトです

 「翻訳機能はすごいですねえ、言葉がわからない子供たちでもコミュニケーションが取れる。ピッチに立った目線での映像を見られれば、選手と一体化した見方ができ、違った角度からサッカーに入っていけると思います」

 --招致運動がさらに盛り上がっていく必要がありますね

 「さまざまな人がもっと関心を持って、さらにいろんな人に発信していくことが大事。みんなの気持ちが一つになった時、実現に向かうと思います」

 もりしま・ひろあき 1972年4月30日生まれ、広島県出身。前身のヤンマー時代を含めてC大阪で18年間プレーした「ミスター・セレッソ」。2008年を最後に現役を引退した。W杯は98年フランス大会で初出場、02年日韓大会のチュニジア戦では16強に導く先制ゴールを挙げた。日本代表では通算64試合に出場し、12得点。現役引退後、C大阪アンバサダーに就任。
 

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