2010年8月20日
大パノラマ露天風呂通い
のほほんの真骨頂を発揮して、勝手ながらしばらくのほほんとさせていただいた。
コスタ・デル・ソル(太陽海岸)に張り付いたようなわが小さな町も毎夏その真骨頂を発揮し、国内外の海水浴客で大にぎわいとなる。人口7万人ほどの市が夏には3倍以上の25万人にふくれあがる。だいたい2週間から1カ月の夏休みを滞在型で過ごす人が多い。
ここに住んでいるルイスとわたしにとって、この時期は地中海を露天風呂に見立てられる待ちに待った季節。普段は水質と電気容量の関係でシャワー一辺倒の日々なので、1年のほとんどを「お風呂渇望状態」で過ごしている。だからこそ、6月末から9月なかば頃までは毎日いそいそと巨大な湯船に浸かりにいく。温泉大好きなふたりにとって気分は徒歩10分の露天風呂通い、日本人のわたしには「もらい湯」気分も少しある。
日中の痛いほどの日差しや人混みを避けて、夕方の7時から9時くらいの間に行く。だんだん日が短くなってきたとはいえ、8月でも日没はまだ9時台。空と沖だけ眺めて浸かっていれば、高級リゾートホテルのタラソテラピーなどなんのその。無料の大パノラマ海洋露天風呂である。
水のそばにいたり、水に浸かったりしているとやはり気分がリラックスするのだろうか。井戸端ならぬ海端会議があちこちで開かれている。スペイン人とモロッコ人は特にそうだ。おっちゃん、おばちゃんたちはなにをそんなにしゃべることがあるかと思うほど延々と声高にしゃべっている。スペイン人でも若いカップルはボディータッチやキスに忙しく、おしゃべりしている暇がない。英国人や北欧系は本や雑誌を読んでいる人が多く、フランス人女性は年齢にかかわらずトップレス率が高い。
わたしは海辺のこうした狂騒を逃れる意味もあって、沖というほどではないが、浜から少し離れた海上でぷかぷか浮いているのが好きだ。太平洋や大西洋にくらべるとさすがに水が温かく、かなり長い間浸かっていられるところもまさにぬるめの温泉気分。クラゲはめったにいないし、波もたいしたことないから安心して静かに浮いていられる。水は透明度が高く、足が届かないところでも海底の砂模様が見えるし、魚の姿も時々見える。日が暮れてくると、海水浴客と交代するかのように釣り人たちがやって来て浜から釣り糸を垂れる。
アフリカ大陸は水平線に隠れて見えないが、左遠方にはルセロ、マロマなど、マラガ県東部のアサルキア地域の山々が青く見える。歴史に名を残した人々、無数の無名の人々、大昔からさまざまな民族の人たちがそれぞれに何かを目指してこの海上を行き来したことにしばし思いを馳せる。
空を眺めていると、カモメが2、3羽、あるいはまるで白いウンカのような飛行機がたまに横切っていく。横長の幕をつけた宣伝セスナや、軍用へリコプターもたまに通っていく。たいてい雲ひとつなく、ただひたすらの青空。地元の人はよく、「毎日晴ればかりで疲れる」という言い方をするが、太陽海岸というだけあって毎日ほぼピーカン。日本の夏の風物詩である、もこもこした入道雲などまず見かけない。
その空も少しずつ淡い赤味を帯びて刻々と変化していく夕暮れどき、自分が包まれている波もその微妙な色を反映して、まったりこっくりと肌触りまでが変わっていくように感じられる。
そうこうしているうちに、自分の体が海と一体となる。『ミッション・インポッシブル』の主題曲冒頭の、チャーンチャンチャッチャッ、チャーンチャンチャッチャッというメロディーが頭の中で流れる。
海と一体になった自分を上空から別の自分が見ている。映画のシーンのように、曲に合わせてどんどんズームアウトしていく。最初はこの浜の周辺だけ、そしてマラガ全域。海に浮かんでいるわたしはケシ粒となる。それからアンダルシア、スペイン全体、ヨーロッパ、最後に丸く青い地球の全景となり、それを見ているわたしは星々とともに宇宙に浮かんでいる。
大パノラマ露天風呂「地中海」でのプチ瞑想。これがわたしの夏の日課であり、上機嫌法のひとつである。
☆お知らせ☆
夫ルイスの転勤のため、9月からニューヨークのマンハッタン暮らしが始まります。
ふたりともアメリカで生活するのは初めてです。
超不定期のこのスペインエッセイを書き始めてまだほんの間もないですが、しばらくの間このコーナーは、「ニューヨーク発」として少し趣向を変えてお届けすることになりそうです。
ニューヨークは大阪や東京に負けないテンポの速い街、というイメージがありますが、できればそんな中にも「のほほん」を上手に見つけてお届けできたらいいな、といまは漠然と思っています。とにかく、行って暮らしてみないとなにもわかりません。しばらく更新がなくても、「ああ、またのほほんしとるんやな」と、のんびりお待ちいただければ幸いです。
(齋藤慎子)
■ 「ケソ」とはスペイン語でチーズのこと。「味噌とケソ。音の響きもさることながら、発酵食品どうし、これがなかなか相性よし。毎日、和西折衷ごはんを食べて暮らしている日本人とスペイン人カップルの日常の断片を、アンダルシア的に(不定期に、のほほんとマイペースで)お届けする予定。味噌やケソのように熟成できるかどうか、乞うご期待?!」(齋藤さん)
【筆者略歴】齋藤慎子(さいとう・のりこ) 新潟県生まれで、おもに奈良県育ち。同志社大学文学部卒業後、大阪での広告会社勤務などを経て2003年からスペインのマラガ県在住。現在、ビジネス書や自己啓発書を中心とする翻訳のほか、“国際カップルよろず相談”に乗ることも多い。スペイン版江戸っ子であるマドリッ子「ルイス」の妻として主婦業も一応こなしている…つもり。
主な訳書に『カオティクス』(フィリップ・コトラー、ジョン・A・キャスリオーネ共著、東洋経済新報社)、『ザ・コピーライティング』(ジョン・ケープルズ著、神田昌典監訳、依田卓巳共訳、ダイヤモンド社)、『マンデー・モーニング・リーダーシップ』(デビッド・コットレル著、東洋経済新報社)、『バルタザール・グラシアンの賢人の知恵』(バルタザール・グラシアン著、ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『究極のセールスレター』『究極のマーケティングプラン』(いずれもダン・ケネディ著、神田昌典監訳、東洋経済新報社)など。
これまでのエッセイ一覧は こちら
(2010年8月20日 09:24)
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