産経関西

終戦記念日対談

 

「ごちそうさま」は日本の文化

 

あいさつ

 

 ―「給食費を払っているのに“いただきます、ごちそうさま”となぜ言わせるのか」と学校に抗議する保護者がいます。

 

  桐山氏 「いただきます、ごちそうさま」は誰にいうともなしにいうもので、しいていうならば神にです。素直に感謝の気持ちを表す言葉です。食事の時に両親が口にすると、その子たちも自然にそうします。そうして代々受け継がれてきた日本独特の感謝の意思表示です。親たちが口にしないのは、言葉の持つ意味を忘れてしまったということ。ならば怒鳴り込むのも当節の風潮ということでしょうか。

 

  金氏 ものごとには様式、形がある、と私は思っています。食事の前には国によって表現や仕草は違ってもそれぞれに様式、形、しきたりがあるわけです。日本の場合、それが「いただきます、ごちそうさま」です。そして穀物にしても野菜にしても、肉,さかなもすべて命あるものを食するわけですから、いただく前といただいた後にはすべての食べ物に感謝の気持ちを表す、と理解していますが…。

 

 桐山氏 だから無意識に両手をあわせる祈りの形になるのです。

 

 金氏 おっしゃったように、親が日ごろから自然の振る舞いとしてやっていると、子どもたちもなんの不思議もなく同じことをするようになる。この自然な振る舞いというのが実は非常に大事なことなのですが、今の家庭ではなくなってきたようにも思いますね。レストランで食事してもごちそうさまと言う人がいるでしょう。これはコックさんなど多くの人々のおかげでおいしくいただきました、ありがとうございますという気持ちを込めたあいさつなんですよ。お金を払うかどうかなど関係ない。

 

 桐山氏 給食費を払っているのに礼を言う必要があるのかと言う親や、レストランでお金を払ったうえになぜごちそうさまと言わなければならないかという人は、感謝の気持ちを表すことを忘れた、または教えられていなかったという証拠でしょうね。

 

 金氏 あいさつは良好な人間関係を築く第一歩、そのひと言からすべてが始まると信じている鬼かあちゃんとしては、しっかりあいさつしなさい、と刷り込んできましたから、とにかくあいさつだけはできる人間に育てたつもりです。いただきます、ごちそうさま、おはよう、こんにちは、のあいさつをするのになんの疑問があるのでしょう。まあ理屈をいえばいくらでもいえるでしょうが、それを言う前に、こういうことを自然に身につけることが大切です。

 

 桐山氏 あいさつが自然にできる人間を育てることは、実に重要な教育であり、立派なしつけです。

 

―先日数カ国の人たちと食事したとき、いただきます、ごちそうさまと同じ意味の言葉があるかと聞きました。すると、みなさん「そういえばぴったりの言葉はないねえ」。

 

 金氏 なんらかの言葉を発してから食事を始めます。英語なら「エンジョイ」ですね。しかし、ぴったりはありませんね。実はそれが日本の独特性だと思います。つまりイコールの外国語がない日本の言葉のなかに独特なものがあるのです。いただきます、ごちそうさまという言葉のなかに代々伝わってきた自然に感謝の気持ち、親や家族に対する感謝の気持ちが込められている。

 

 桐山氏 まさにそれこそが日本の文化というものでしょう。

 

 金氏 そう、文化なんですよ。だからないんですよ。英語に訳そうにもそんな言葉はないのです。これは日本人の基本です。日本人がアメリカ人でもなくフランス人でもなく日本人たるゆえんとして代々伝えてきたこういうものを大切にしなければなりませんよ。

 

 桐山氏 それはお互いに理屈なしで意味が通じることなのです。

 

 金氏 ええ、理屈じゃないんです。言うならば、「あうん」の呼吸ですよ。

 

 ―この「あうん」の呼吸というのも日本的ですね。

 

 金氏 そうなんです。「あうん」の呼吸は、日本特有のものです。ただし日本特有のものだからこそ外国人にそれを期待してはならない。黙っていたら外国人の相手には通じないですよ。これを間違ってはなりません。

 

―外交なんかとくにそうですね。

 

 金氏 もちろん。それを言いたかった(笑い)。

 

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