産経関西 産経関西-産経新聞大阪本社

■注目企業のトップに聞く             

 きちり社長
 平川昌紀(ひらかわ・まさのり)さん

    居酒屋のイメージをおしゃれに一新

 

 きちり(本社・大阪市中央区)は新業態の居酒屋チェーンとして急成長している。これまでの居酒屋のイメージを一新し、デザイナーズ・マンションをコンセプトにしたおしゃれな店内で、純和食から西洋、エスニックなどの要素を含んだ「モダン和食」を行き届いたサービスで提供し、若いOLやビジネスマンらの圧倒的な人気を集めている。

 同社はライフスタイルの変化によって既存の居酒屋と顧客ニーズとの間にギャップが生じていることに着目。顧客の声を徹底的に聞いて料理やサービス、店舗づくりに取り入れる「マーケットイン」の経営手法で若い世代の心をとらえた。

 平川昌紀社長は居酒屋チェーンの市場について、民芸調の内装で大量均一の料理を提供する居酒屋を第一世代、自宅にいるような店舗内装で手作り感のある料理を提供する居酒屋を第二世代と位置づける。その上で、第三世代の居酒屋としておしゃれな「居酒屋ライフ」を提案し、既存の居酒屋に通う人たちを誘導するとともに、居酒屋に行ったことのない人たちも呼び込む戦略だ。



  ハンバーガーチェーンの加盟店としてノウハウ蓄積


――生い立ちから教えてください

 「大阪府柏原市で生まれ、甲南大学経済学部に入りました。学生時代に日本マクドナルドの創業者である藤田田さんの著書『ユダヤの商法』に感銘を受け、外食産業で独立したいという志をもちました。大学卒業後、リゾート開発会社に就職。2年半、ゴルフ会員権のセールスをした後、外食産業の知識を身につけるため、大手ハンバーガーチェーンの加盟店を故郷の柏原市で始めました。ここで外食の基本を徹底的に学びました」

――外食の基本とは何ですか

 「このチェーンの衛生管理がとても厳しかったのです。最初はここまでやらねばならないのかと驚く思いでした。例えば、アイスクリームには食中毒のイメージはありませんが、実はとても多いことや、生野菜の保管方法などについても細かく勉強しました」

――そうなんですか

 「計数管理についても徹底的に勉強させていただきました。食材などの仕込みの金額を売上高に割った数字を原価率と言いますが、この原価率は低ければいいというものではありません。決められた数字を守ることが大切なのです。原価率が上がると、利幅が減って経営が悪化し、私自身の給料も出ません。反対に、原価率が低くなると、顧客満足度が下がり、ハンバーガーチェーンのブランドイメージまで損ないかねないので、本部のスーパーバイザーがすぐに指導に来ます」

――なるほど

 「人材の管理や教育についても厳しく指導していただきました。理念教育が徹底されており、スタッフは全員、毎日の入店前に企業理念を唱和しなければなりません。こうしたノウハウが今、当社にとって財産になっています。この経験がなければ、当社でも厳しい原価率の管理をせず、経営が行き詰ったかもしれません」



     顧客の声を取り入れ、不振店を繁盛店に


――何年間、ハンバーガー店を経営したのですか

 「約3年です。ハンバーガー店をスタートして1年後、経営が軌道に乗ったので、同時進行で自分の思いを形にした洋風居酒屋『きちり』の1号店を柏原市のハンバーガー店の隣で始めました。これが驚くほどヒットしました。すぐに2号店を同じ柏原市内の違う鉄道沿線に出しました。店舗規模が1号店の2倍以上で、銀行から融資を受け大きな期待感をもった出店でした。しかし、にぎわったのはオープン3日間のビール無料期間だけでした」

――そうでしたか

 「最初の半年は極端にひどく、月商が100万円ほどでした。私はスタッフ全員を集め、2号店の周辺の事業所や商店に手渡しでチラシを配布するローラー作戦を展開し、新規顧客獲得に努めました。初来店のお客様に当店のどこが悪いかを聞き出し、『こんな商品を置いたら』とか『こんなサービスをしたら』などのアドバイスを全部、そっくり取り入れました。若い世代が喜ぶエスニックな要素を取り入れたオリジナル料理などを増やし、メニューの幅を40種類から170種類まで広げました。接客もお客様が喜んでくれるなら、どんなことでもするというスタンスで、ヒザをついてお客様の注文を取るという接客もこの時から始めました」

――客の反応はどうでしたか

 「お客様にとっては自分たちの思い通りの店になったわけですから、リピーターが増え、半年後には月商も700万円まで伸びました。その時に思ったのは、お客様の視点に立って商品開発やサービスをする『マーケットイン』の経営姿勢がとても大切だということでした」

――なるほど

 「お客様の求めるものを提供するのが大切です。店はお客様のためにあるからです。ただ、料理が170種類もあると、ロスが多くなります。そこで、料理の食材をできるだけ共通化したり、刺身料理などの鮮度が要求されるものは値段を安くしてお客様に求めやすくし、売り切ってしまうようにしました。そのため、刺身料理の利益幅は少ないですが、安いからお客様の満足度が上がります。お客様は刺身料理だけを注文するわけではないから、全体で利益を確保すればいい。この経営手法を続けていき、半年後には、2号店は大繁盛店になりました。3号店も同じ柏原市内にオープンしました」



    
高級店でノウハウの蓄積図る


――本格的に多店舗展開を始めたわけですね

 「4号店をどこにするか迷いました。当時は郊外のロードサイドの居酒屋が繁盛していました。当社も奈良県内の幹線道路沿いに出店しようと考え、銀行から4000万円の融資を受けることも決めました。その時、道路交通法が厳格化されるいうニュースが入ってきました。私はその時、事業を拡大していく中で、郊外のロードサイドへの出店が当社にとって正しいかどうかを徹底して考え、土壇場で出店を取りやめました。当社はアルコールをご提供するという条件の中でやっているわけですから、矛盾が起こってくると考えたからです」

――それからどうしましたか

 「銀行から借りたお金が残りました。これで大阪・南船場に繁華街型の店舗をつくることにしました。当時、南船場は話題のエリアで、おしゃれなブティックやカフェが集まっていて雑誌もよく特集を組んでいました。多くの人から『田舎の居酒屋が南船場で受けるわけがない』と言われました。しかし、ここで成功しないと、次の展開が描けないと考え、全社員と絶対に成功させるという決意で出店しました。最初の数カ月は苦労しました。柏原のお客様が『おたくは柏原の誇りだから』と言って南船場の店まで通って応援してくれたこともありました。そして、開店後2、3カ月も経つと、大繁盛するようになりました」       

――その後の展開は

 「この成功だけで満足するわけにはいきません。我々の目標は外食産業の新たなスタンダードを創造することであり、そのためには魅力的で、なおかつ低価格の居酒屋を全国に展開する必要があると考えました。他店と明確に差をつける店の魅力をどのようにして作り上げていくか。そのノウハウを蓄積したうえで、コストダウンの知恵を絞って料理の値段を下げていこうと考えました。まずは魅力づくり。例えば、当時、南船場店では1000円以上の料理はあまり注文してもらえせんでした。しかし、ある人気店は、クーラーもない屋台のような店構えで、2000円近いカニ料理や1000円以上のトロをばんばん売っていました。それを見た時、なぜ、売れるのかわかりませんでした。うちの方が店もきれいだし、お皿もきれいなのに…。この課題を克服しない限り、私たちの将来はないと思いました」

――そうでしたか

 「2号店の時のようなマーケットインの経営姿勢をさらに進化させようと考えました。つまり、お客様からもっと厳しい声をいただこうということです。それに的確に対応することで、お客様との信頼関係を構築したい。そのために、さらに客単価が高いハイクラスの店を開いてお客様から厳しいお声を出していただける環境を整えようと考えました」

――どういうことですか

 「客単価を上げれば、顧客の欲求水準が高くなってくるのです。アルコールを含めた客単価が3500円のラインを超えたところで、お客様の欲求水準が極端に上がるということを私は実感としてもっています。まさに跳ね上がると考えていただいていい。3500円以下なら、腹の立たないことが、3500円以上では腹が立つというケースがたくさんあります。譲れないことが増えてくるのです。例えば、サービスについても料理を運ぶだけでなく、お客様を喜ばそうという態度がなければ『なんだ、その態度は』となりますし、料理もきちっとした適温で提供できなければ、味付けがよくても美味しくないと言われます」

――その対応は

 「それまでの当社の客単価は柏原の3店が2400円ぐらい、南船場の店が3000円前後でした。次に大阪・本町に客単価4000円の店を作りました。さらに、大阪・キタに5000円の店をつくりました。そこで、お客様に私たちがもっている料理やサービスのノウハウを判断してもらおうと思いました。そこで得たノウハウは強みになり、貴重なデータになると考えたわけです。ハイクラス店をつくるたびに、店の内装がどんどんスタイリッシュになり、食材や皿が高品位になっていき、店のレベルがぐっと上がっていきました。この挑戦の中でお客様が喜ぶさまざまなノウハウを身につけることができました。そのうえで、この魅力を失わない形でコストダウンし、低価格帯の店でも質的には同じ料理、同じサービスを実現していったのです」


      熟慮の末、直営路線を選択


――拡大に伴う悩みはありませんでしたか

 「店舗が計7店舗になった時、これからの店舗展開をフランチャイズチェーンにして進めるか、直営で進めるかの岐路に立ちました。私は、フランチャイス(FC)本部を目指し、株式上場を目的とするビジネスカレッジに入学しました。そこで企業のマネジメントやFCチェーンのビジネスモデル構築などに関して学び、損益計算書の見方からマーケティングの仕方まで、様々なことを身につけました。この勉強を通じて、私は自分たちの最大の強みである顧客ニーズを的確にくみ取り、それを料理やサービスに反映していく『究極のマーケットイン』のためには、直営路線しかないと判断し、FC展開をしない決断を下しました。この選択は、当社にとって最大の決断だったと今も思います」

――現在の経営戦略とビジネスモデルを分かりやすく説明してください

 「多店舗展開しているうちに、早期に黒字化できる店と、半年たっても収益化しない店のばらつきが出てきました。早期に利益が上がる店の近くには、すでに居酒屋チェーンの店舗が出店していました。つまり、チェーン店がすでにある地域は、居酒屋のマーケットが存在するため、その相乗効果で早期に高い集客が可能となります。一方、居酒屋がない地域では、マーケットそのものを創造しなければいけないので、収益化に時間がかかってしまうわけです。当社はこれがわかってから、目標としている居酒屋チェーンに追随する戦略をとりました。そのチェーンの店舗が入っているビルやその隣のビル、あるいは同じエリアに出店していく戦略です。それによって開店後1カ月や2カ月で黒字化するようになりました」

――既存のマーケットを獲得する戦略ですね

 「居酒屋チェーンの巨大市場は40年前からスタートして巨大マーケットになっています。この市場はなくなるわけではなく、ずっと続いていくと思います。ただ、その中で業態が変化していく。その流れに乗って伸びていこうと考えました。つまり、新しい市場を創出するという感覚ではなくて、既存のチェーン居酒屋とお客様のニーズのギャップを埋め、新しい居酒屋の魅力を提供することで、今ある市場にアプローチしていく戦略です」

――ギャップとは何ですか

 「団塊ジュニア以降の世代の外食経験率は高いのです。わかりやすくいうと、ファミリーレストランに親に連れていってもらった世代です。この世代はそれ以前の世代と比べて、料理の嗜好が大きく変わり、多様化もしているため、居酒屋への欲求水準が高くなってきています。例えば、居酒屋で明らかに手作り感のない料理がでてきたら、『これだったらコンビニやスーパーで買うことができる』とあきて来てもらえません。居酒屋のサービスがぞんざいだったら、『これだったらデパ地下やスーパーで食材を買って食べた方がいい』と思われてしまいます」


      おしゃれで刺激がある空間を演出


――なるほど

 「お客様のニーズと今の外食産業との間にギャップが生じたことで、私たちのチャンスがあるととらえています。変える対象は料理とサービス、それから空間ですね。空間に関しては、第一世代の居酒屋は民芸調のイメージ。第二世代は我が家の食卓がコンセプト。自分の家で食べるようなくつろぎや安らぎを感じられるような内装にしています。しかし、今の若い世代は経験値が上がったことで、それに満足しなくなりました。居酒屋でもおしゃれな刺激を受けたいと思っています。言い換えれば、ほどよい緊張感を欲しているのです。そこで、我々のお店のコンセプトは友人宅のスタイリッシュなデザイナーズ・マンション。友達の家に行けば、刺激もあるし、緊張感もある。その感覚です」
 
――料理ではどのように他社に差をつけているのですか

 「居酒屋のチェーン化が始まった40年前の第一世代の居酒屋は、大量生産で均一化され、手間のかからない料理を提供することで、顧客満足を得ることができました。第二世代の居酒屋では、手作り感のある料理を提供するようになりました。第三世代の居酒屋を標榜する当社では、現代の日本人の嗜好に合った和食を『モダン和食』という言葉で表現し、多くの魅力的な料理を低価格で提供しています」

――魅力的な料理はどのようにして開発するのですか

 「開発の情報源はいくつかあります。まずは当社のハイクラス店の料理人からの提案です。彼らはフランス料理店や割烹、イタリアンの一流料理店で働いた経験がありますから、彼らからの提案を収集します。次に、1年に4回、全社の料理スタッフでコンテストをし、その中で提案が上がってきたものを商品化します。あとは雑誌やインターネットなどから徹底的に情報収集します。コストがかかっても、できるだけ魅力的な料理を開発します」

――すごい調査力ですね

 「何回も試作して『いける』と考えたら、まず当社のハイクラスの店でお客様に提案します。そこで、お客様から『おいしい』と評価いただいたら、通常の価格帯の店でも提供できるように、料理のコストダウンの努力が始まります」

――どのようにコストダウンするのですか

 「セントラルキッチンによる集中加工で手間を省いたり、食材を替える手法です。例えば、地鶏を使っている料理を国産の若鶏に替える。ただ、お客様の感動がとても大きいのであれば、原価の合理化は考えません。お客様に1つでも感動的な商品があれば、これを目当てに来てくれるからです。その代表的な商品として『フォンダンショコラ』というチョコレートのデザートがあります。お客様がこれをフォークやナイフで割ると、中から熱々のチョコレートがとろけて出てきます。皆さん、これに感動してくれます」


      顧客を『大好き』になってサービス


――サービスではどう差別化していますか

 「例えば、お客様のご来店時に、スタッフは『こんばんは』と声をかけます。お客様も『こんばんは』と返していただけるような会話が弾む雰囲気をつくりたいからです。スタッフが『いらっしゃいませ』と声をかけたら、お客様は返答できませんから。また、主軸業態の『Casual Dining KICHIRI(カジュアルダイニング・きちり)』ではお客様に靴を脱いでいただくのですが、片付けるのは当社のスタッフです。お客様はこれから食事をするのに、自分のものとは言えども、靴に触るのはいい感じがしないからです。また、お帰りになる時、お客様の靴を用意するのも当社のスタッフです。不合理で手間であっても、私たちの思いがお客様に伝わることを続けていきます」
 
――御社の思いとは

 「当社の理念である『きちりを大好きでいっぱいにしたい』に象徴されると思います。社員でも『パートナー』と呼んでいるアルバイトでも、この理念に共感できるかどうかが採用のポイントです。この理念の意味は自分の周りにいる人に対して『大好き』という気持ちを伝えましょう、そのことによって自分も愛されるべき存在になりましょうということです。『大好き』という言葉を口に出すのは照れくさい。しかし、それをあえて言うことが重要だと思っているのです。お客様と、そして社会の全ての人たちと『大好き』と言えるような信頼関係をつくるために、どういう行動をとらないといけないのかをスタッフに考えてもらたいと思っています」

――どういうことですか

 「接客でもいやいやしていたり、最低限のサービスだけでは『大好き』にはなりません。『大好き』だから妊婦のお客様がいたら、冷えないように膝掛けをもっていく。街が『大好き』だから、道にゴミが落ちていたら、拾う。お年寄りが『大好き』だから、電車内で立たれていたら、席を譲るという発想です。私が最初に言い出した時、スタッフがこの思いを理解してくれるかどうか心配でしたが、うちのスタッフは皆、共感してくれました。今ではスタッフはこの理念を自分なりに高めて実践してくれています」

――これからの出店目標は
 
 「現在は関西を中心に40店あります。このうち31店は主軸業態の『Casual Dining KICHIRI(カジュアルダイニング・きちり)』です。これと『本格酒場フクリキ』の2業態で全国展開していきます。当社は第二世代の居酒屋チェーンを参考に市場調査をした結果、関西で出店可能箇所は170、関東では478あることがわかりました。関西の店舗開発が順調に進んでいますので、関西に軸足を置きながら、関東におきましても、収益性が目指せる優良な物件や、目立つ所に大型看板を出せる物件について戦略的に出店していきたいと考えています」


   <略 歴
1969年 大阪府柏原市生まれ
   93年 甲南大学経済学部卒業
リゾート開発会社に入社
97年 個人で飲食店の経営開始
98年

有限会社吉利(現・株式会社きちり)を設立
代表取締役社長に就任



  <会社メモ> 
 1998年設立。社名は中国・三国時代の英雄、曹操の幼名「吉利」からとった。本社は大阪市中央区南本町2丁目6番22号。2007年6月末日現在の従業員数は923人(社員152人、パート・アルバイト771人)。2007年6月期の売上高は34億8600万円、経常利益は1億5100万円。2007年7月、大証ヘラクレス市場に上場



(2007/11/16)

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